2008年12月25日
高島駅舎解体!
十勝毎日新聞などによれば高島駅のお別れセレモニーなどが行われていたそうですが・・・・
19日の午後。この駅舎がついに解体されてしまったそうです。
十勝毎日新聞の記事に寄れば高島駅の駅舎は1942年に竣工した木造との事。
60年以上も現役で働いていた事になる計算です。
この駅へは良く撮影に行きました。
なんだかんだで一番撮ってる駅かも知れません。
いや、冷静に考えると大誉地の方が多いかな?
上利別もかなり撮ってるつもりなんですがね(笑)
少しずつ、少しずつ。
銀河線の痕跡が消えていきます。
仕方がないって分かってるんですけどね、それでもやはり寂しいものです。
画像は平成16年3月9日に撮影です。
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年11月30日
秋の銀河線 -10 終章
秋の銀河線シリーズ。今宵で最終回です。
枯れ色の上利別の駅へと滑り込むラッピング車。
上りホームには撮影者の姿が見える。
夕暮れた秋の日が優しい光を振りまけば、頼りなく敷かれたヘロヘロのレールが鈍く輝く。
どう考えても限界だったんだ。
自分の中で消化できないモヤモヤとした憤りのような感情が、少しずつ、少しずつ。
今は何か違う形になって心の奥底に降り積もっている気がしていた。
子供じみた感情論で廃止反対を叫ぶのではなく。
無責任な訪問者の分際で行政を嘆くのではなく。
無反応の傍観者で消滅する様を眺めるではなく。
ちっぽけな自分のちっぽけな行動力ですら、何かアクションを起すべきだ。
例えそれが廃止を妨げる事に?がらなくとも、まず動くべきだ。
そしてそれが、廃止された後の社会に何の影響を及ぼさなかったとしても・・・・だ。
ならば自分は記録を残そう。
この日、沿線を車で走りながら。
フェリーに乗って渡った北海道で自分の車のハンドルを握りながら。
ハタと気が付いた真実。いや、今風にいうなら、意図的に無視してきた不都合な真実。
どれ程詭弁を連ねても。
レールの上しか走れない鉄道は、個人の自由を加速させる車には勝てない。
だから廃止になるんだ。
ならば、消え去った後の世界へ、記憶と記憶をばら撒くために。
自分は写真を残そう。それしか自分には出来ないから。だから、それをしよう。
それが、自分のアクション。
そんな風に思考的な整理整頓と覚悟が決まると、狙う画はガラリと変わりました。
それまでは分かっていても撮らなかった画。
高島で鉄郎同士の交換がある。
よし行こう。今すぐ行こう。
列車との併走を無視してひたすら高島へ。
駅に到着したらカメラを持って駅の反対側へ。
暮れ行く光を眺めながら、目の前のシーンに集中した。
そして、この一枚が、秋の銀河線を撮った膨大なカットの、最後の一枚になった。
最後の冬へ。
カウントダウンが始まった。
残すところ180日余り。
最後の冬は何かに取り付かれたように渡道しました。
自分なりの整理をするために。
銀河線シリーズはこれにて終わります。
次は冬シリーズですが、画像の整理が未だに終わっていないですよ・・・・
我ながら、撮りすぎでした。
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年11月29日
秋の銀河線 -09 彩りに色付く
実は、未公開だった銀河線画像で一番のお気に入りがこのカット。
マダラに色の乗ったカラマツと、遠くに見える川上駅。
秋の銀河線を撮った日の、あのシャッターを押す瞬間まで覚えています。
霧の朝は晴れる。
会津での撮影で何度も経験している事です。
この日も素晴らしい青空でした。
内地の青空とはちょっと色味の違うような印象の青空。
どこまでも透きとおるようなクリア感とでもいうんでしょうか。
視力さえ負けなければ人工衛星だって発見出来ちゃいそう!
そんな感じ。
こんな条件で撮ると、シャドー部はズドーンっと落っこちてしまいますね。
だが、それが良い!
再びフラフラと車を走らせてこのお気に入りの場所へ。
列車が現れる直前、一陣の強い風が藪を揺らしたら、いっせいに雪虫(?)が飛び立ちました。
慌ててピントの位置を列車から手前に動かします。
このカットは是非拡大してご覧いただきたい。
ブワッと舞い上がった小さな羽虫は冬の尖兵。
冬へ向けて。
最後の冬へ向けて。
銀河線、最後の秋。
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年11月28日
秋の銀河線 -08 カラマツ色付く
小利別駅へと到着した列車。
陸別から追いかけ始めたんですが、列車の方が速くて速くて(笑)
とてもじゃないけど追いつけないので駅停車二つを使って先回り。

背景のカラマツが色付いてますね。
北海道の紅葉は高い山など9月下旬から始まりますが、平地でカラマツに色が乗り始める11月とも成れば紅葉も終わり。
山にほど近いこの小さな集落では10月後半でカラマツに色が付いてました。
11月の前半戦に行きたかったなぁ・・・・・
未だにそう思う銀河線。
思いを残したままなんですがねぇ・・・・
小利別に停車してる間に先回りして池北峠へ。
見事に色付くカラマツの樹を見つけて急停車しました。
程なくしてあの軽やかなタイフォンが聞こえ、CR車が現れました。
うわぁ・・・・ すげぇ・・・・
そんな感じの独り言を言ってたように思います。
長らく死蔵していたカットをようやく公開できました。
そしてこっちも初公開と思われます。
池北峠の定番アングルでしたね。
段々と色付いているカラマツの・・・・・って、あれ?
そう思うシーンが幾つもありました。
樹によって。生えている場所によって。光の加減によって。
カラマツも色づくタイミングが違ったようですね。
あぁ、返す返すも、カラマツの盛の時期を見たかったなぁ・・・・
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年11月27日
秋の銀河線 -07 陸別
列車を眺めながら走ったら陸別までやってきました。

ここまで来ると霧も晴れてきます。
時間の経過というのもあるんでしょうけど、どっちかといえば海から離れたって部分じゃないですかね。
廃止まであと半年程とあって、あちこちで撮影者の姿を見かけました。
たしか月曜の朝だったんですが、アチコチで普通に撮ってる姿が印象的でしたねぇ。

置戸からやってきたラッピング車と交換。
空は印象的な群青色に染まり始めました。
あぁ、秋空だ・・・・
そんな風に見上げながら撮影した日。
あの空気を段々と思い出せなくなっている。

交換して出て行く列車を見ながら、どっちを追いかけるか、しばし思案。
結局は峠方向へと車を走らせる事に。
結果は吉と出るか凶と出るか。
それが分からないからこそ撮影は楽しいし、出掛けるのも楽しい。
さぁ行くか。
面倒だなぁと嫌がる自分に渇入れて撮影続行でした。
投稿者 風来坊 : 23:30 | コメント (0) | トラックバック
2008年11月26日
秋の銀河線 -07 上利別にて
![]()
池田行きと追いかけっこしながら走ったら上利別の手前で追い越せました。
列車もそれなりに速度が乗っているのですが、平行国道を淡々と走ったら案外簡単に追い越せましたね。
アホみたいな速度でビュンビュン飛ばさなくとも、普通に国道の流れに乗っていると追い越す印象です。
で、上利別もやはり霧に沈んでいました。
見通し距離の稼げない環境ですが、逆に言えば要らない物を霧に沈めてアングルを作れるという事で、逆説的に楽な部分もかなりあります。
上利別の場合は駅の周辺が案外賑やかなものですから(笑)
空中のものや電線が霧の向こうに溶けて消えてくれます。
これは良い感じだ!
この日、上利別に降り立った利用客は一人。
駅からどこへ行くんだろう・・・・
ふとそんな事を気にしていたら、列車も霧の向こうへ溶けていきました。
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年11月25日
秋の銀河線 -06 霧に咽ぶ
高島でキハ40を見送った後、ふらりと足寄方面へ走り始めたら、本別の辺りから霧の中へ突入しました。

どこでどう撮ろうかネタに困って足寄駅のすぐ近くへ。
霧に沈む撮影は露出が非常に難しいです。
まぁ、その辺は会津の朝で鍛えてあるので、とりあえず何とかなるにはなったのですが・・・・・
この辺から全部デカ画像です。
足寄の駅の特徴的なタワーを入れて一枚。
会津の霧に比べて密度が濃いというか、水の粒が小さくて、しかも密集度が格段に高い気がします。
ですが、不思議と視界の見通し距離が稼げるというか(笑)
ヘッドライトとテールライトの滲み方が印象的でした。
先回りして定番で構えたのですが、ヘッドライト4灯はかなり強烈です。
小さなサミットを超えてやってくる列車にピントを合わせたかったのですがね。
結局はライトの眩しい部分を見ながらという作業になりました。
自分の使っているD100。
この頃から微妙にピントがズレてる気がしてました。
ニコンで見てもらったらやっぱりずれてたんですねぇ
定期的に点検出さないと駄目ですな。
霧に溶けていく列車。スーッと消えていきます。
グラデーションに滲む様は霧の中ならでわですよ。
ここで反対側から来る列車を待ってでも撮るべきだったなぁ。
今更ですがそう思います。
これだけ綺麗なS字カーブなんですから、勿体無いなぁと。
小利別だったかのあたりの鉄橋です。
この辺から段々と霧が薄くなっていきました。
紅葉が白く透けて見えるのは綺麗ですね。
霧の朝。
あの濃密な水気に咽ぶ自分に情けないやらおかしいやら。
なんでこんな目にあって写真撮るんだろうなぁとか思いました(笑)
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年11月24日
秋の銀河線 -05 高島駅の朝
早朝の高島駅へとやってきました。
前夜はどこで寝たのか記憶がないんですが・・・・・
う~ん(笑)
銀河線の車両が帯広まで乗りいれる関係で、走行距離調整かキハ40が早朝の始発列車に使われていました。
池田から足寄まで一往復だったと記憶しています。
ダイヤ的にはCR車の筋を踏めないので、自作ダイヤで見ても筋が若干寝てました。

なにかJR線のローカル駅のどこかと言われても違和感が無い光景です。
早朝の一時だけ見られる光景でしたが、そこはかとなくローカル線のフレーバーがありましたねぇ。
高島駅の朝。
今はもう記憶も薄れつつあります。
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年11月17日
秋の銀河線 -04
続いていきます。今日は平成17年10月撮影分です。
どういうわけか、この年の秋は雨が多かったです。
記憶が正しければ足寄駅前でマルヨして、翌朝の雨音に目を覚まされ川上駅前へと移動したと思います。
酷い降り方で撮影する気にもなれず、なんか適当に時間をつぶしながらダラダラとしていたんですが、自作ダイヤを見たら通過列車が一本あるので構えました。
この列車は上側のライトを点灯させています。ここに注意しといてください。
続いては置戸で交換した筈の池田行き列車を待ち構えます。
池北峠辺りで一枚やってから移動して分線付近でもう一枚。
こっちの列車は腰のライトです。
どっちのライトを使うか明確な規定でも合ったのでしょうか?
今にしてみれば不思議極まりないです。
確か、運転台の前照灯スイッチは頭のライトのスイッチだったはず。
どうしてですかねぇ?
雨の中、大誉地を出る下り列車。
このカットは以前掲載したと思いますが、今日は大きな一枚にしてみました。
とにかく雨に難儀しましたねぇ。
今でもそうですけど、雨が降ると本当に撮影意欲が萎えます。
朝夕の薄暗い時間ならいざ知らず、日中の雨はなぁ・・・・
夕暮れ迫る薄暗い時間帯。
どんな一枚を撮っておくべきかの発想が全くわかずに適当な一枚。
こんな経験を積み重ねて撮影ネタの引き出しが増えていくわけですから、まぁ、要するに今更論な訳ですが(汗)
なんかもっと違う撮り方があるだろうと。
後で見返して悶々とするんだから、もっと考えて撮っておけよと。
結局、それの繰り返しなんだよなぁ・・・・
どうせだから今日はも少し後悔。
こっちは多分初公開かも。
夕暮れ迫る時間帯の俯瞰撮影ですが、狙っているのは・・・・・
西一線
だんだんと駅名もスッと思い出せなくなってきました。
記憶が薄れている。段々と忘れていく。
それを悲しい事じゃないと思えるようになってきたのは最近ですね。
薄暗くなった伐採地の上で列車が見えなくなるまで見送っていました。
想像以上のスピードで明るさが失われていく尾根の上。
遠くに鹿の鳴き声を聞きながら斜面をトボトボと降りた遠い日。
おそらくあの辺りからでしょうね。
撮影先の斜面を見て『登れるかな?』と考えるようになったのは(笑)
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年11月16日
秋の銀河線 -03
早くしないと秋が終わってしまうので、同時進行で銀河線も掲載(笑)
なかなか日の目を見ない画像も多いんですよ、実は(汗)
撮影中に立ち寄った愛冠駅で列車を待っていたら、地元の方が降りていきました。
後にも先にも、ここで利用客を見たのはこの時だけだった気がします。
利用客をほとんど見なかった気がするだけに、最終日のあの人ごみが信じられなかったんですよねぇ
ロングショットだったり接近戦だったりした撮影ですが、ふと思い起こせば山に囲まれた路線でもありました。
なだらかな十勝の丘の谷間に流れる本別川に沿って軌道が敷かれていました。
地形に無理に逆らわず、淡々と伸びるレール。
そんなところも魅力の一つだった気がします。
本当にいいところだった。
今更ですが、そう思うんですよ。
嘘偽りなく、そう思います。
そして、十勝エリアで一番の駅といえばここ。
高島駅。
夕暮れの光を浴びるこの駅はそれだけでフォトジェニックでした。
良い雰囲気だった駅です。列車がなくても雰囲気がある。
目に見えない人の気配とでも言うんですかね。
栄えていた時代の余熱みたいなものを感じる駅でした。
綺麗に片付けられた駅の中。やわらかく差し込む秋の日差し。
広々とした待合室にはストーブの痕跡。
尋常じゃない冷え込みの十勝において、暖を取れる設備は必須だったのでしょうね。
静かな語らいの聞こえてきそうな椅子。
ここには人々の情熱があったはずだ。
夕暮れ間近の軌道を軽快に飛ばしてやってきたCR車。
遠くの空に太陽が輝く。
まだまだD100を使いこなせていなかった頃の、露出設定のまずさがばれます。
でも、これも自分にとっての大事な1ページ。
十勝の大きな空と大地と、そしてそこにあった軌道に思いをはせる夜。
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年11月07日
秋の銀河線 -02
お休み中の報告をする予定でしたが、同時進行で銀河線のアーカイブも続ける事にしました。
なんか方針が二転三転してスイマセン(汗)
錦秋の銀河線。
なかなかチャンスに恵まれませんでしたが・・・・
と言うか、そもそもその時期は石北の貨物が3往復最盛期でして、おまけにこの頃は新富士行きの貨物も全列車DD51だったものですから、そっちに全力投球が多かったものでして(汗)
結果論ですが、固め打ち的な集中撮影は数えるほどでした。
まぁ、実際は末期になって一日張り付きとかもやりましたけどね。
池田口から山に向かって走っていく銀河線の白眉はやはり池北峠。
しかし、その直前の小利別や川上などの駅界隈は本当に素晴らしい情景でした。
すぐ背後には見事なカラマツの森が広がり、広葉樹の紅葉も本当に素晴らしかったです。
とにかく凄いロケの路線でしたが、言い換えれば沿線人口の絶望的な少なさは如何ともし難く。
地域旅客流動の少なさはバスですらオーバーキャパを囁かれるほどでした。
ここに。この地に鉄道が残っている事の奇跡。
言いたくはありませんが、絶大な政治力をほしいままにし、将来の首相候補とまで言われた鈴木氏の恩恵でしょうねぇ・・・・
川上駅の本屋内に有った掲示板。
野宿同好会と言うのもインパクトありますねぇ。
大学生の無謀さと言うか挑戦するスピリットはすごいなぁと。
つくづく、自らの馬鹿さ加減を嘆くより他ありません。
しかし、明け方で氷点下28℃ですか・・・・
白煙ウヒョ~は間違いないですな( ̄▽ ̄)ナハハ
ちょっと移動して分線へ。
この年は紅葉の当たり年だったようにおもいます。
何処へ行っても見事な彩でした。
素晴らしい色彩でしたね。
北海道でも紅く色づく紅葉が見られたのか・・・・と、今更ながらに気が付きます。
観察眼の無さと言うのは今も変わりませんが、この当時は本当に皆無でした。
逆光で色が濁るのは仕方が無いとしても、もう少し明るくとるべきだったなぁ・・・・
やはり、経験不足のなせる業ですねぇ。

去り行く列車を振り返って一枚。
色づく木々を風で揺らして鉄朗が駆けていく。
まだ走っているような錯覚を今でも覚える事が有ります。
もう既に歴史の1ページなんですが、それでも・・・・
どんな物でもそうなんでしょうけどね。
失ってから思いつく事の多さよ・・・・・・
平成16年10月の撮影分でした。
投稿者 風来坊 : 20:30 | コメント (0) | トラックバック
2008年10月09日
秋の銀河線
気が付けば10月。
初めて銀河線を撮った季節になった。
聞けば北海道はあちこちで紅葉を迎えているんだそうな。
あの黄色とオレンジの紅葉に埋め尽くされる地へ。
今すぐにでも飛んで生きたいのですがねぇ・・・・
そんな事は出来そうに無いと分かっているので、銀河線の秋を振り返ってみようと思います。
撮影は平成15年の10月。
もう5年経ったんですね・・・・
置戸から僅かばかり北見方へと寄った踏み切りの辺りだったでしょうか。
素晴らしい色合いの紅葉に歓声を上げました。
この一枚でやられたんでしょうねぇ・・・・

これは・・・・
池北峠の小道に入ったところですね。
峠では既にカラマツが色づいてました。
あの色は忘れられないなぁ・・・・・
このカットはもしかしたら初公開かもしれません。
でも、前に何かで使った気もします。
ニコンの18-35と言うレンズを友人から借りていってD100につけて撮りました。
見事にゴーストが出てますが、これもまた味と言う事で(笑)
そんな訳で、しばらく秋の銀河線ネタが続きます。
撮るほうは思い入れたっぷりなんですが、見てくださる人には退屈かもしれません。
しばらくお付き合いください。
投稿者 風来坊 : 23:00 | コメント (4) | トラックバック
2008年08月29日
勇足駅の夕景
勇足駅の夕景。
根室線のDDを撮った後、石北側へ移動しながら銀河線沿いを走りました。
その途中、CR車とすれ違ったので急遽Uターンして追跡(笑)
幾らも走らないうちに追いついて勇足構内へ三脚持って突入します。
おりしも空は見事なまでのグラデーション。
感度を上げて撮りたいところですが、そうするとどうしても再現性が悪くなります。
こういうところでデジタルはやはりまだまだ弱いんですよね。
歯痒くもあり、面白くもあり・・・・
悩んでも仕方が無いので、覚悟を決めて標準感度で撮影開始。
ヘッドライトも煌々とやって来た単行のCR車はアイドリングの音も滑らかに停車します。
ディーゼルエンジンの音を文字化すると言うのも難しいのですが(笑)
聞きなれたDMH17ならカランカランと言う感じでしょうか。
コマツカミンズの特急用などはドドドドドドドドドと賑やかな感じ。
大排気量の機関車用だとデロデロ感が強いですし、小型機関車ならばガラガラとうるさいイメージ。
CR車はそうですね。
グルグルグルグルと唸るイメージでしょうか(笑)
最新鋭とは言いがたいものの、地方私鉄向けに作られた標準型気動車のローカル適応車です。
内地の耐寒装備とは一線を画す充実した装備が特徴でしょうね。
フツーに氷点下20℃を記録するところを走るんですから。
まぁ、仕方が無いといえば仕方が無いかと。
鋭いホイッスルを鳴らして駅を出て行く列車。
銀河線の車輌は2種類の汽笛を装備していました。
片方は電子音的なプワ~ンなんですけどね。
もう一つは機関車などと同じ空気笛でした。
あの独特の甲高くて物悲しい音が忘れられません。
良い音でした。
特に、こんなキレイな夕景を見ながら聞く音とかはね。
投稿者 風来坊 : 23:55 | コメント (0) | トラックバック
2008年08月26日
陸別の夜
道の駅が併設されていた陸別駅。
ここは駅前の小さな飲み屋街もあって駅前マルヨには良い駅でした。
なぜか行きつけの炉辺焼き屋も出来たりして、楽しかったなぁ・・・・
この日最終の陸別行きが池田からやってきました。
この列車で今日の運転はおしまい。
風呂上りで駅へと戻ってきてマルヨ体制になったあと、軽く撮っておくか!見たいな感じで撮影開始です。
おりしもこの夜は見事な満月。
空にカンと冴える月が浮くなら、それは既に一つの宇宙だよなぁ・・・・
みたいな感じで撮影・撮影・撮影。
アングルを変えたり立ち居地を変えたり。
考えながらじっくりと撮れるのはバルブ撮影の楽しさかもしれませんね。
少しずつ光が溜まっていくのを感じながらジッとレリーズを握ります。
また明日も風を切って走るように。
CRたちはエンジンの火を落としてそっと眠りに付くようでした。
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年08月25日
人口希薄地帯を走る
未だ芽吹かぬ木々を他所に牧草はもう青々としていた。
北海道の春先は曇りが多いそうですが、本当にこの天気に泣かされましたね。
キレイに晴れた日は結局当たらなかったんじゃないかなぁ・・・・
秋口もそうですけど天気がとにかく不安定でした。
多分、一番晴れたのは冬でしょうね。
ギュゥィーンと冷えた十勝晴れの青空が印象深いです。
ドン曇の小利別。
冗談じみた寒さを体感できるこの駅は瀟洒な駅舎の印象が強いです。
しかし、駅前集落の人口は・・・・・
信じられない話ですが10名に満たなかっんですね。
まだこの駅が栄えていた時代の古い写真が待合室にありました。
年間乗降客数が2万人とかだった時代があるんですよ。
本気で信じられません。
でも、国内林業がそれなりに栄えていた頃は立派な集落であった事が偲ばれます。
いまは既に朽ち果てて崩落した民家跡などを見るにつけ、現実の厳しさを思い知らされます。
峠を越えて西訓子府の俯瞰へ行きました。
まだまだ景色は寒々しい頃でした。
ここから北見までは既に都市圏状態なんですが・・・・
それでも沿線人口は押して知るべしでしたね。

北見運転所の裏手で見た光景です。
先頭は現役で走っているCRですが、その後ろの2両は経営見直しで廃車になったものでした。
俗に共食い整備と言われるもので、使える部品を外して現役車輌に提供しながらゆっくりと解体されていきます。
この鉄道がどれ程厳しい状況だったのか。
それを物語る悲しい光景でした。
投稿者 風来坊 : 23:55 | コメント (0) | トラックバック
2008年08月24日
平成17年5月
まだ春の気配が残る岡目堂駅。
白樺はようやく芽吹き始めたくらいだ。
平成17年5月中旬。
私は再びあの沿線に立っていた。
僅かに地形の起伏するなだらかな丘陵地帯へ大きなカーブを描きながら軌道は敷設されていた。
どんよりと曇った空の下、列車はタタンタタンと軽快な音を響かせて駆けて行く。

鉄郎の笑顔が何となく寒々しい印象だったラッピング車。
しかし、今になってみればこの車もまたこの鉄道の重要なパーツだったのだろう。
北海道の遅い春は5月を折り返したと言うのに、沿線の草はまだまだ冬の風情だった。
丁寧に積み上げられたレンガの橋脚。
幾度目の春なのだろうか。
弱々しい青葉の色に厳しい冬の終わりを感じる。
陸別で出発を待つ列車。
この駅から川上までの保存鉄道を期待していたのですがねぇ・・・・
投稿者 風来坊 : 23:55 | コメント (0) | トラックバック
2008年08月23日
銀河線南部
十勝地方の広大な穀倉地帯を貫く軌道。
銀河線南部地域を一言で言うならそんな感じだろうか。
ちょっとした高台から見下ろした景色は、ただひたすらに平面だ。
軽快気動車が文字通り軽快にかっ飛んでくる姿は見ているだけで楽しい。
高性能機関と優れた変速機の組み合わせは驚くほどの加速力を見せてくれた。
惜しむらくは全線に渡って乗車した経験の無い事だ。
返す返すも、実に惜しい。
足寄温泉の近くにあった踏み切りで見つけた踏切警戒標識。
普通は機関車かさもなくば電車のピクトサインが書かれている筈なのだが、ここには銀河線が描かれていた。
これを撮りたくて列車をジッと待っていた平成17年の6月。
足寄の駅へと赴けば、北海道の夏を告げるルピナスが咲いていた。
可憐な花色を眺めつつ、夏の到来を感じる。
思えば、DD51を求めて渡った北海道で初めてローカルを真剣に撮った日々だった。
だから、銀河線には感謝している。
本当に感謝している。
実に良い路線だった。
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年08月22日
昼下がりの境野
ルピナスの咲き誇る6月の道東。
登り藤とも言うこの花は初夏の象徴ですね。
青い花を見るとスイッチが入るので、ついつい力を入れて撮影(笑)
で、ピンクの花もあるんです。
出発していく列車をバックにピントを迷いながら撮影。
どっちが良いかなぁ・・・・
ファインダーを見ているときは迷うんですよね(笑)
最後はのっそり移動して帯広方面へ。
途中、愛冠辺りで一枚狙います。
天気は下り坂の様子で露出が無いんですがねぇ・・・・
流し撮り狙いだったのですけど見事に全滅なので(笑)
ヘッドライトが炯炯と光る様子は良いですなぁ。
なんか、こうやって銀河線のエントリを作っていると、まだ今でも走ってるような錯覚に陥ります。
もう撮れないって散々悔しがったはずなんですがねぇ
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年08月21日
上利別に愛を込めて
苦し紛れの銀河線シリーズ。第3回は上利別です。
ここの駅舎が実に味わい深い駅なんですよ。
小さなアップダウンを繰り返しながら駅へとたどり着いた鉄郎。
縦曲線がちゃんと見えるって北海道ならではかもしれません。
4両分位あるホームにちょこんと座るように、たった1両のCRが鎮座。
はい、空の色が違いますね。
ついでにトーンも派手にジャンプしています。
実は露出ミスで大アンダーでした(笑)
現像ソフトで救済したのですが、色が合わせられません。
もっと使い方を研究せねば・・・(汗)
しかし、返す返すも良い駅でしたねぇ・・・・
一番下だけ平成15年10月17日撮影.
それ以外は平成16年6月6日撮影
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (0) | トラックバック
2008年08月20日
夕暮れの分線とか
ネタが無くなって苦し紛れの銀河線シリーズ。
今宵は平成16年6月6日の夕暮れ。
舞台は分線からスタートです。
日没まであと僅かの分線付近。
光線は赤く染まりドラマティックな世界になってくれました。
国道242号線が大きく銀河線をまたぐ陸橋の上で待ち構えます。
この242号線、只見線沿いの国道252号線と10番違いの番号と言うのもなんかの因縁ですなぁと酒の師匠と笑ったものですが・・・・
やってきた鉄郎は俗に白メーテルと呼ばれてたラッピング車でした。
厳しい光でしたから流し撮りを狙ったんですが、いまいちですね。
躍動感と言うより単なる手ブレ写真かもしれません(笑)
自分で言うのもなんですが、これを撮った頃は過渡期でしたね。
デジタル機材へやっと慣れてきたと言うか、使い方が分かると同時に、フィルムじゃ写らないよなぁ・・・・と諦めていたシャドー部のディテール感とかが分かってきた時期です。
この機材ならもっと色々撮れる!
イチローじゃありませんが、自信は確信に変わったって奴かも(笑)
最後は陸別で交換した池田行きを陸別の先で。
夕暮れの赤く染まった空が印象的でした。
割と低い雲が茜に染まって綺麗でしたねぇ・・・・
投稿者 風来坊 : 23:55 | コメント (2) | トラックバック
2008年08月19日
在りし日の笹森にて
砂利道の踏み切りに、何処からとも無く一匹のネコがやって来た。
このネコは何処から来たんだろう?
近所の人家は・・・・ 近所なんて次元じゃないぞ?
それでもネコはやって来た。
そして、軌道敷きをしばらく歩いて何処へとも無く消えて行った。
このネコのテリトリーなんだろうか?
自分の縄張りの巡回?
そんな事を思いながら列車を待っていた日。
小さな踏切を渡ってトラクターが出入りする。
踏み板の具合を見るためにオヤジさんが確認している。
咥えタバコをふかしながら、ぼちぼちと野良仕事。

そしてトラクター通過。
液体系の物を満載だろうか?
フロントデッキのカウンタウェイトに注意。
なんか良いよね、こう言うシーン。
やって来た列車は鉄郎だった。
さわやかな北海道の初夏。
乾いた空気をすり抜けてCRが駆けた日。
平成16年6月6日撮影分
投稿者 風来坊 : 22:00 | コメント (2) | トラックバック
2008年04月20日
3回忌
このエントリは共に銀河線へ通った酒呑童子師匠のBlog「さすらいびとの子守唄」へトラバしています。
『生涯の目標』などと柄にもなく大層な目標としている人物の一人に広田尚敬氏がいます。
言うまでも無く鉄道写真界における最大級のビッグネームですね。
いつぞや・・・・ 碓氷峠の最終日だったかですが、ほんの僅かにお話をした事があります。
その時の印象があまりに強くて、それで目標足りえてるのかもしれません。
何の質問だったか、詳細は忘れましたが、氏の試行錯誤時代のエピソードの一つに、古いバケペンを改造し、もっと古い時代のレンズを取り付け流し撮りをする話がありました。
なんでわざわざ撮り難い思いまでして他社レンズを取り付けるんだろう?
そんな質問を不躾にもストレートにぶつけてみたんですね。
その時。
歴史が動いた!では有りませんが、広田氏の言葉を今も忘れられません。
『心に突き刺さる写真を撮りたい。そのための試行錯誤です』と。
そして、そのあと、私が広田先生と呼んでいたのを軽く窘められ、『私は一人のカメラマンです』と付け加えられました。
どういうわけか私も齢を四捨五入すると不惑に到達し、その関係か知人・友人等を経由したり、はたまた直接目にしたりと、いわゆる「プロ・カメラマン」と言う職業の方と接する事が増えています。
その中で大概感じる違和感と言うか、不遜な感覚とでも言うんでしょうか。無駄に偉そうぶってる痛い人がいるわけです。全部が全部と言うわけでは有りませんが、立場的に不遇だったり、或いは不当に低い評価だったり。そんな感じで誰かの後塵を拝する立場の人ほどその傾向が強いです。
ですから、その時に、広田氏から「カメラマンです」と言われたときに感じた孤独さと言うか、孤高感と言うのは筆舌に尽くしがたいなぁと。そう思うわけです。
で、なんでそんな話をするのかと言うとですね。
氏の言われる「心に突き刺さる写真」と言うものを何となく普段の撮影の裏テーマとして持っているのですが・・・・・
熱に浮かれたように通った銀河線の最終日が怒号と喧騒のうちに終ってしまい、何となく閑をもてあましたその翌日の朝の事。
北見の宿から抜け出してもはや遺構となった銀河線の線路端を走った時、北見に程近い踏み切りでこのシーンを見かけました。
日本全国へ続いてく一条の轍。
鉄の路が無残にも断ち切られている光景。
本当に。もう本当に涙も出ない程、見事に心へと突き刺さる光景でした。
今だから言いますが・・・・ね。私だって思ったわけです。
ほんのわずかな可能性として復活するかもしれない。
時代が急転換して、鉄道を必要とするかもしれない。
だからその時の為に、せめて軌道くらいは残すかも・・・・
すべてが無残に打ち砕かれました。
四季を通じて通った銀河線。
距離が距離だけに、それこそ会津へと通うようなペースは土台無理でした。
でも、少なくとも四季を通じてどのシーズンも一度は足を運んでいます。
そして、やはり冬場の銀河線は白眉でしたね。
氷点下20度近い川上を通過していく列車。
据えた三脚を素手で触れば間違いなく張り付きます。
グローブ越しのオペレーションももどかしく、息を止めて覗いたファインダーは光がキラキラと煌いていました。
吐き出す息の水分がカメラに付いてしまうと、そこから凍りだすほどの寒さです。
ぐっとこらえて真剣に見ていたら、かるく酸欠になったりして・・・・(笑)
この駅も実によい雰囲気でした。
こんなところに駅があるなんて・・・・
何度もそう思ったロケーションでした。
わが国最初の本格的な保存鉄道を目指した陸別町は、この駅までの運転を計画していたそうです。
しかし、まぁ、例によって判例主義・前例主義・事なかれ主義の官僚システムをねじ伏せる事が出来ず諦めたそうですね。
保存鉄道は営利では駄目なんだそうです。また、遊園地のアトラクションと同じで、始点と終点が同一で、なおかつ中間駅は認められないのだとか。
任意の2点間を結び、なおかつその中間に駅を設けることが出来ない法制度では、本格的な保存鉄道は無理ですね。
法の抜け道を作らない。そんな一大原則に則った政治機構は、時として息苦しさももたらす訳です。
正直に言えば、陸別と川上の間に撮りたいアングルがいくつかありました。
保存鉄道を撮ろうと思っていたんです。
でも、それも消えてしまいましたね。
今を撮っておくこと。
改めて。何度も痛い思いをしてるはずなんですが、それでも、改めて思います。
今。今を撮っておかないと。
将来、必ず後悔する。
誰のためでもなく。
銀河線の三回忌に寄せて、自分への戒めもかねて。
投稿者 風来坊 : 22:30 | コメント (3) | トラックバック
2008年03月12日
少しずつ・・・・
ふと眼をやったニュースサイトのヘッドラインに銀河線の文字が浮かんでいた。
ttp://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20080311ddlk01020357000c.html
北見市のエリアに残っていた銀河線の廃レールを枕木を旭川の業者が買ったそうだ。
一般に枕木は栗の樹が使われるそうで、クレオソートで防腐処理された枕木はガーデニングの材料として格好の素材だったりする。
ついでに言えば、レールもまた非常に高品質な鉄が惜しみなく使われていて、昨今のくず鉄相場を見れば割安で買ったと言っても良いのかもしれない。
あれからもうすぐ3年が経とうとしている。
あの時、見て聞いて感じた理不尽さと無力さに貫かれる痛惜の念は忘れがたいものだ。
どれ程個人が努力したところで、社会全体の流れに抗う事など土台無理な話し。
ただ、成すがままに成されるがままに、川の流れに乗るしかない事を嘆いていた。
あの思いが蘇りつつある。
秋田の縦貫線が夏までに結論を出すと言うことで、言うまでも無く廃止へ転がり始めた。
何せ県知事が先頭に立っての廃止先導である。
これもまた逆らえぬかも知れぬ。
・・・・どこの自治体だって同じだろう。
第二の夕張市にはなりたくないはずだ。
夕張の場合は最初にカミングアウトした分を差し引いたとしても、幸いにして全国から様々な形で支援の手が差し伸べられている。
しかし、これには二匹目のドジョウを期待してはならない部分があろうかと思う。
便乗・同情・どさくさ・無責任。
何を言われるか分かったもんじゃないし、支援してくれるとは限らない。
ならば、傷が浅いうちに切れる腫瘍は切り落とすべきと判断したのかもしれない。
自治体のトップとして予算管理と将来への展望を考える要職ならば、時には非常な決断も要求されると言うもの。
鉄道趣味人には到底受け入れがたい話しでもあるのだろうが、鉄道は所詮手段であって、それ以上ではないしそれ以下でもない。
大量高速輸送機関としての特性を発揮できなければ、鉄道と言う手段を使い続けるには必然性が乏しいのだろう。
その辺の冷静な判断を鈍らせるからこそ、鉄道企業の一定以上の要職には鉄道趣味人を排す傾向があるときく。
冷静な経営判断が趣味的視点によって阻害される事を恐れているのだとか。
秋田県知事が思い描いた未来像の中に鉄道を排した姿がどう出来上がってるのか。
批判や誹謗といった子供じみた事ではなく、純粋に納税者の立場として聞いてみたい気がします。
少しずつ・・・・
そう、少しずつですが、夜の中は確実に変わっていますね。
未来は変わってしまいます。
でも、過去はもうこれ以上変えられません。
広郷のホームへ進入する画像を見ていたら、過去をしっかり記録する事の重要性を改めて痛感しました。
投稿者 風来坊 : 23:50 | コメント (2) | トラックバック
2008年01月09日
夢よ再び
陸別駅の跡地で2回目の冬を越している筈のCR-70。
風を切って走った夢の様な日々を再び・・・・
そう願う者達のささやかな祈りですら現実は許してくれそうに無いようだ。
陸別の町が可能な範囲での保存と言う方針に切り替えたのは去年の夏ごろだったろうか。
再び長く厳しい冬を越えて行こうとしている。
川上までの保存運転も夢のまた夢。
我が国の地方行政が抱える絶望的赤字状況を考えれば、この用に車両が残った事ですら奇跡と感謝するべきか。
寒い冬だ・・・・
投稿者 風来坊 : 20:57 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月20日
一回忌

あれから・・・・・
もう一回忌になるのか・・・・・・
すでに記憶の中の1ページに過ぎぬと思っていたのですがね。
やはり、どこか消しきれないシミの様な物が、頭のどこかにこびりついて落ちてくれません。
それが何であるかを今更説明するのは野暮と言うものでしょう。
記憶の本質が後悔であるように。
思考の本質とはすなわち、整理する為の理由。
言い換えるなら、忘れるに足るだけの理由を探すことなんでしょうね。
忘れたくても忘れられない事がある。
それがどれ程重要であるかを外部から知る事は出来ない。
どれ程の意味を持つのかを、本人以外が知る事は不可能だから。
疑似体験などといったところで、それは自ら本物ではないと白旗を揚げているようなもの。
あの時。
あの沿線で何を見て、何を感じて、そして、何を諦めたのか。
その心の整理を何となく終えたような気がします。
廃止直後の頃に感じた言い様の無い理不尽さとか無念さではなくて……
例えばそれは輝きを失おうとしているレールの脇に芽を出した草花の若葉であったり。
厳しいを冬を越えて春を謳歌するフキノトウだったり。
北を目指し旅立つ渡り鳥だったり。
鉄道が無くてもここには何の問題も無い。
問題だと言っているのは人間だけであって、この大地にとっては些細な問題でしかない。
自らに言い聞かせるように語ってきたことが、気が付けば自分の中の1ページになっている事に自ら気が付くとでも言うのでしょうか・・・・
白髪の老婆が無念そうに見ていたのは銀河線なのではなく、衰退している地域そのものだったんじゃないかと、最近そんな風に思えてきました。
一回忌を弔う為に、今日はちょっとだけ贅沢をしてエビスの瓶を買ってきた。
缶で飲むビールとは一線を画す深い味わいに喉を鳴らす。
ゆっくりと衰退する北海道の現状を思えば、無駄なものは早めに切り捨てた方が良い。
地方の地域ローカル輸送において、もう鉄道は必要無いんだ。
悲しいけど、それが現実なんですね。
投稿者 風来坊 : 23:22 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月19日
今も……

今日のエントリはちょっと冷たいです。
すいません(汗)
この建物がどこの何であるか。
それをわかる人にしか意味が伝わりません。
でも、伝わる人には重要だと思います。
この中にあった『あれ』は今も健在です。
それどころか、ここを愛する人たちによって、大切に手入れがなされています。
この中には沢山の資料が用意されていました。
そして、お約束のノートまで。
まだまだ大丈夫でしょう。
今度行く時は足跡を残してこようと思います。
投稿者 風来坊 : 23:54 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月18日
あなたに逢えて
分かっていた事なんです。
この沿線を走りながら見覚えの有る撮影地を一つ一つ巡り、何度も…
そう、何度も、不覚にも涙しました。
あえて書きます。
こんなド田舎のローカル線が廃止になろうが、永久に失われようが、私の人生に何ら影響を与えるものじゃ無い筈。
関東の南岸に住み、ここで生きていこうと根を下ろしている私に取って、過疎に悩む北海道の山村がどうなろうと、正直、知ったこっちゃ無い筈です。
でも
この打ちひしがれる程の無力感は一体なんだ?
どれ程自分に言い聞かせて諦めた筈なのに…
まるで、別れた女(ヒト)の笑顔を思い出すような、この罪悪感はなんだ!
1回の表の時点で海を渡った某背番号29がボコスカに打たれて大差のゲームを見ているかのような、この圧倒的屈辱感は何なんだ!!
理由は言うまでも無く分かっている。
いまさら穿り返して飲み屋の片隅でグチグチと見っとも無い言を垂らす酔っ払いみたいな敗残者にはなりたくない。
でも、あえて言いたい。
うん、そうです。あえて言いたいわけです。
あなたに逢えて本当に良かった。
当時もそう思ってました。でも、今も、そう思っています。
遠い日。
いや、実際には大して遠くはありません。
しかし、すでに心の中の1ページとしてファイリングを済ませた記憶の階層は、はるか深いところへ沈めてあります。
そのページが浮かび上がってきました。
ここで、この駅を見た記憶がファインダーの中に見えた気がしました。
氷点下の大気にガタガタ震えながら。
夜明け前の空を見上げながら。
青く染まった影の部分を気にしながら。
素手で触れぬ三脚を弄りながら。
列車を待った日の記憶。
歴史の1ページになった北海道のローカル線群の、その残滓とも言えるここへ邂逅出来た悦び。
嬉しくて、嬉しくて、言葉にならない…………
※御存知、酒の師匠こと酒呑童子氏のBlog『新・さすらいびとの子守唄』へトラックバックしています。
投稿者 風来坊 : 22:37 | コメント (4) | トラックバック
2007年02月17日
地域への貢献/地域との接点
![]()
ある路線が廃止になるとき、良く聞かれる言葉として取り上げられる事の多いものの代表格といえば・・・・・
「交通弱者への貢献」
と言う奴でしょうか。
でも、ここで見た小さな看板は、鉄道と言うシステムがどれほど交通弱者に冷たいのかを、雄弁に語っていました。
手を上げれば止まってくれるバス。
国道沿いの自宅前に横付けしてくれるサービス。
足の萎えた年寄りにも乗り降りしやすい車両。
現実って、所詮こんなもんなんですよね。
小回りの聞く自動車に鉄道が叶う筈が無いわけです。
だって、もし、鉄道が自家用車より便利なら、こんなに自家用車ばかりの世の中にならなかった筈ですし・・・・・
歯がゆいですなぁ・・・・
投稿者 風来坊 : 22:31 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月16日
Lost Railways Blues
何も言うまい・・・・
これが現実だ・・・・
投稿者 風来坊 : 22:28 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月21日
Missing

叶わないものなら
いっそ忘れたいのに・・・・・
最終日撮影の途中、ラジオから久保田のMissingが流れてきた
それまで良いペースでまる氏と会話のラリーを続けていたが思いがけず言葉に詰まった
叶わないものなら…
それを聞いたのは小利別の辺りだった、既に地域が無人の原野へ還ろうとしてるエリアだ
大いなる夢を抱いてこの地域へ入植してきた人々が居た
膨大な汗と涙と情熱がこの大地に染み込んでいるはずだ
どれほどの無念がこの地に詰まっているのだろう
沢山の想いが声無き声で叫んでいるような気がした
いっそ忘れてしまおう
そう思って廃止翌日の沿線をブラブラした
忘れてしまうに足るだけの心の楔を探していただけかもしれない
心に突き刺さって諦めざるを得ない何かを探していた
そしてそれを見つけた
『廃止』の文字が突き刺さった
最終日もその前も何も感じなかったのに
初めて
最終ツアーで初めて泣きそうになった
心に突き刺さった言葉は文字になった廃止だった
これで終わりだ
最後のカットを撮り終えて一人つぶやいた
終わりだ…
投稿者 風来坊 : 23:52 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月20日
終章
走ろう
走ろう
生きている限り
走り続けよう
どんなに辛くても
どんなに悲しくても
失われた全ては
忘却の彼方へと
消えるしかない
終章
長い長い物語
95年ものストーリー
この軌道に
その記憶が眠っている
その想いが眠っている
その情熱が眠っている
そして今日
全てが終わる
ただ一言
ありがとう、と
さようならではなく
ありがとう、と
それだけつぶやいて…
走り続けよう…
投稿者 風来坊 : 23:55 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月19日
Reconquista レコンキスタ
さぁ…
顔を上げよう
輝ける太陽は失われた
嘆きの24時間が始まった
もう
手遅れだ
Reconquista
すべてはここから始まるのだ
敗北ではない
再生なのだ
Reconquista
何も怖くは無い
恐れなくていい
ただ感じ賜え
Reconquista
すべてを忘れよう
輝ける未来の為に
今この瞬間をささげよう
Reconquista
熱狂的再征服
これから失われる者の為に
これから手に入れる全てを
恋焦がれていた全てを
全部捧げよう
Reconquista
光り輝く未来の為に
初心に帰る日なのだ
この24時間
うしなわれる物へ
心からの
レクイエムを
そして
無限の感謝を…
投稿者 風来坊 : 23:22 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月18日
さぁ48時間
止まる事を知らない
時の中で
いくつもの
移り行く町並みを
眺めていた
幼すぎて消えた
還らぬ日の
面影を
すれ違う少年に
重ねたりして
Tomorrow Never Knows
ミス・チルの名曲だ
この沿線に私は何を見ただろう
はっきり言って
絶望しか見えなかった
あちこちで目にした言葉だ
これだけのインフラを…
公共交通の重責を…
交通弱者の移動手段を…
鉄道を…!
結局
何も変わらなかった
何も変われなかった
何も変えられなかった
雑誌は相変わらず煽るだけ
趣味人は文句を言うだけ
財源明示は妄想だけ
誰かが何かをしてくれるのを
待っているだけ
わが国の鉄道趣味の
これが現状だろう…
いつまで経っても
おんなじ事ばかり
いつまで経っても
何にも変わらねぇ
いつまで経っても
イライラするばかり
TheBlueHearts
平成のブルースより…
投稿者 風来坊 : 23:06 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月17日
秒読み態勢
前から…
そう
ずいぶん前から
わかっていた事なのだ
いまさら
どうにもならない事など
嫌と言うほど分かっている
あと3日
たったの72時間後
銀河線は…
すべての列車の運行を終える
これは敗北なのか
これは失敗なのか
これは一体…
なんだと言うのだ
鉄道とは手段だ
当たり前のことだ
沿線は過疎が進む
もう
人が入ってこない
だから
入植の為の鉄道は
使命を果たしたのだ
どれほど恋し焦がれてもこの鉄道の命脈は尽きるのだ、個人の思想や感情やちっぽけな努力ではどうにもならないことを我々は歴史の中から学び取っている、況やそれは個人の経験の中にも果てしなく蓄積された失敗の経験や後悔の念や惜別の感情や死別の記憶らが何層にも折り重なって腐臭をばら撒く記憶の中にもそれは存在する、深い海のそこから輝く水面を見上げるように遥かかなたで輝く積み重ねられた絶望と言う名の諦めをも感情としてそれが当然であるかのように受け入れられるように、ただ黙って導いてくれているに過ぎないはずだ、なぜならそれは粛々と流れていく時間そのものであり、絶えず変化し続ける姿形と言う名の器に収まる水のように滑らかで柔軟で、そして従順な現世・うつつよでしかないからだ、形有るものがいつか壊れるように、命あるものがいつか死に果てるように、常に変化し続けながら存在しているものだからだ、それを受け入れられないならばそれは打ち寄せる浜辺の波に止まれと言っているようなものであり、滔滔と流れる川の流れに戻れと言うようなものではないだろうか・・・・・・
時が戻るなら…、誰しも一度は思う事なのかも知れない、その中で利己的な振る舞いなどせずこの鉄道のために貢献できることが出来るとしたら、あなたはそれでも過去に戻りたいだろうか?、私は到底そうは思わない、なぜなら過去に戻ったとしても、必ずそこには後悔が生まれると分かりきっているからだ、この鉄道の延命が成功したにしろ失敗したにしろ、そこには必ず何らかの後悔があるはずだ、なぜなら後悔こそ記憶の本質だからだ、どれほど辛く苦しい事であっても後には楽しい事として思い出されるだろう、なぜならそこには辛く苦しい記憶と共に後悔が記憶されるからだ、後悔は永遠に後悔であり手痛い失敗からこそ何かを学ぶだろうからだ、辛く苦しいことはその途中経過の記憶の断面でしかなく、記憶の本質は常に後悔と隣り合っているはずだ、もし過去に戻れるなら…
私は何をするべきだろうか
投稿者 風来坊 : 23:02 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月06日
お座敷列車が行く -7

吹雪の小利別
季節外れの大雪が十勝平野を襲った日
最悪のコンディションな国道を走って何とかここまで来た
しかし、交換するべき銀河線の普通列車が3分遅れ…
交換シーンを捨てて先回りするか
あくまで狙いたかったシーンを優先するか
土壇場の選択
土壇場の決断
交換待ちの時間的貯金が3分だった
そして交換列車が見えた瞬間にお座敷は発車体制となった
結局、お座敷はここから先で追いつけなかったです
最後の最後で入ってきたお座敷列車
徹底的に撮りたかったという思いはなんとなく不完全燃焼でした
でも、最後に良いシーンを見た気がします
泣いても笑っても
あと2週間…
投稿者 風来坊 : 22:22 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月05日
お座敷列車が行く -6

まもなく上利別
雪は間断無く降り続いていた
軌道にはうっすらと積雪が見える
重く湿った雪だった
なんかチグハグな追っかけをしてしまして(汗)
先行してるんだけど車を止められないとか画にならないとか
そんな感じでストレス溜め込んで上利別着となりました
ここで銀河線の普通列車とすれ違ったのですが…
なんだか後悔しか出てこないですねぇ… orz
投稿者 風来坊 : 23:36 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月04日
お座敷列車が行く -5

陸別の似非タブレット交換
もうちょっとアップを一枚(笑)
この撮影の時は傑作でした
『駅員さーん、左手ちょっと下! もうちょっと下! そうそう!』
だとか
『運転士さーん 片手でタブレットキャリア もってくださーい!』
だの、演技指導が厳しかったです(笑)
タブレット交換の儀式をしたのは陸別だけじゃないかと思うんですが
よそはやったのかなぁ…
投稿者 風来坊 : 22:48 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月03日
お座敷列車が行く -4

吹雪一歩前の陸別駅にお座敷列車が到着
どこから持ってきたのか駅員氏が肩からタブレットホルダーをぶら下げている
道内では既にどこにも使っている路線は無いと思うのだが…
と言うより、全国的に見てもほとんど無い筈なのだが(笑)
お座敷列車先頭の貫通幌部分に積雪が見られますね
実は陸別手前付近で本当にすごい勢いの降雪がありました
R242沿いで軽く怖い思いをしています、実は(汗)
ここから先はどうなることやら…ふとそんな事を思って駅を後にしています
投稿者 風来坊 : 23:06 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月02日
お座敷列車が行く -3

訓子府から小利別へ道道143号線でショートカットして先回り
妙にケツが滑るなぁと思ったらシャーベット雪になってました
収まってくれないテールをカウンターでねじ伏せて爆走
小利別へかなり早く先回りに成功(笑)
気温は1.5℃前後で最悪のコンディションです
レンズに付いた雪までドンドン解けていく始末
あらら…
なんだかなぁと撮影したのですが
まぁこれはこれで良い画なんじゃないかな…と自分を納得させて我慢
早春の光景が撮りたかったのに(ToT)
そしてここから十勝平野に向かってどんどん雪が深くなっていくのでした
投稿者 風来坊 : 22:31 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月01日
お座敷列車が行く -2

なんか追っかけたら追いついたので撮影(笑)
行きました撮りましたレベルの話にならない画ですな
とりあえず西富のカーブした線路を撮りたかったんですが、レンズが短すぎました
今回の撮影行ではチグハグというか支離滅裂な部分が多く
CFケースごと自宅に忘れて行ってノートPCに入れてあった256MBだけで撮影したり
レンズのクリーニングを施しセーム革に包んだまま望遠ズームを忘れたり
なんか健忘症モードどっぷりでした(ToT)
ダメダメという言葉を思い出しますです、ハイ…
投稿者 風来坊 : 23:19 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月31日
お座敷列車が行く -1

年度末のくそ忙しい最中、強引に休みを確定させて行って来た銀河線
最大の目的は実はこれでした
早春の光景を狙って追いかけ倒すか俯瞰に上がるか…
そんな風に考えていたんですが(笑)
爆弾低気圧にすっかりやられてしまい北見盆地は雨+霧で視界はありません
銀河線らしい画を撮りたかったのですがねぇ…
苦し紛れにこんなカットでお茶を濁して(汗)
ダメダメですな
投稿者 風来坊 : 22:20 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月30日
支離滅裂になってしまった旅 30日分

28日夜から降り始めた雪は春先特有の爆弾低気圧によるものでした
中札内では29日夜までに89cmの積雪を観測し3月としては史上10番目となったそうです
FMノースウェーブを聞いていてもパーソナリティが「事実上4月と言って良いですよね?」って感じで、なんか超お疲れモードになってました
そんなわけで28日には雪がほとんど無く早春賦先取りだった場所ですが、画面は冬ですねぇ(笑)
1月上旬の撮影ですと言っても通るかもしれません
銀河線併結の列車を始めてまともに撮れたと言うのにこれですからね…
なんだかなぁ…
投稿者 風来坊 : 22:13 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月29日
早春の旅だった筈の旅(笑) 29日分

陸別駅前で夜を明かしたものの視界に入ってくるのは無情の雪
なぜか冬に逆戻りでした
しかも温度は0度付近を行ったり来たりの生ぬるい温度です
日本で一番寒い陸別の町で、なぜか会津の春雪に出会いました(ToT)
ふと気になって小利別まで行って見たのですが温度は1.5度
雪になってるのが恨めしい程で服に付いたらすぐ解ける水雪状態
この雪で撮影を続行するとパンツまでびしょ濡れになりますね
なんだかなぁ…
そんな一日でした
投稿者 風来坊 : 22:06 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月28日
早春の旅…だった筈(28日)

当初のコンセプトは早春の旅というイメージでした
なんどもコンテを起こしてラフを描き、こんな感じ・あんな感じとイメージを作っていたのですが…
27日最終のとかち帯広空港行きで十勝入りし宿に向かう道すがら
札幌は江別の某大先生からメールが…
曰く「今から行くから飲むべ」
断る理由が無いじゃないですか!
そんな訳で早起き+飯抜き+年度末進行でグダグダにも関わらず鳥の居酒屋で暴飲暴食
そうすると当然ですが、当初のコンセプトなどすっかり忘れてしまいます(笑)
そんな訳で例によって趣味の近い某氏と意気投合して
「 こ~んなかんじぃ~♪ 」(語尾上げ)
で撮影に入った訳です
帯広と札内のあいだ
陸橋の上から後追いで狙った銀河線併結の根室線列車
釧路発の帯広行きですが帯広でそのまま快速狩勝になるため
実質は直通滝川行きの列車です
それにぶら下がって池田から帯広へ…
あと3週間だけの光景ですね
投稿者 風来坊 : 21:26 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月26日
打ち止め

銀河線ネタ
これにて打ち止めぇ~(笑)
次のロケ以降に再開しましょうかね…
黄昏に映えるひととき
駅名表は何を思うのだろうか…
投稿者 風来坊 : 22:38 | コメント (2) | トラックバック
2006年02月25日
通学時間

夜が明けたばかりの駅で始発列車を待つ学生が一人
この日最初に北見へと向かう列車に吸い込まれていった
払暁の色を残した空はほんのり茜色だった
太陽が山並みの向こうで開店準備に追われている頃
この駅を出発する列車のタイフォンが響いた…
投稿者 風来坊 : 22:10 | コメント (2) | トラックバック
2006年02月24日
最終列車

北見駅23時ちょっと過ぎ
銀河線最後の列車が北見駅へ滑り込んだ
この列車が銀河線の最終列車だ
最終日…4月20日もこれで終わりだと思う
予行演習のようなものだろうか…
一人で出掛けた2月のツアーでは徹底的に撮る事が出来ました
複数で撮影に行くと夜は必ず宴会です
いや、それ自体は楽しいですし、むしろ撮影より優先なんですがね(笑)
時にはストイックに撮るのも良いかなぁ…と
23時過ぎの北見は陸別ほどでは無いですが寒かったです
でも、この時間まで、心行くまで撮れた幸せを感じていました
なんだかんだ言って通っている銀河線
次は4月の最後で…と思っていたのですが、勢い余って3月も行きそうです
行かずに泣くな 行って泣け
最後は笑えるように
頑張ります
投稿者 風来坊 : 23:28 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月23日
夕暮れ時

夕暮れ時はチャレンジタイム
肩幅に両足を広げやや膝を折り
肩ではなく腰を回転させてカメラを振る
何かに似ているなぁと思えば…
そう
ゴルフクラブを振る時か
それとも野球のバットだろうか
ギリギリの露出を狙ってシャッター速度の限界に挑戦
これのEXIFにはシャッター速度1/3と残っている
85mmレンズでf.2.0だった
躍動感の表現を狙ったつもりなのだが…
どうだろうか?
投稿者 風来坊 : 21:58 | コメント (3) | トラックバック
2006年02月22日
小利別にて

氷点下12℃
三脚を素手で触れば僅かな水分が瞬時に氷結してしまう
フルチャージしたはずのバッテリーが弱くなる
そして何より
外気に触れる皮膚が…痛い
EXIFに残されたデータを読むと撮影時間は18時17分31秒になっている
19時前で氷点下12℃…
この後で川上でも撮影したのですが
その前に小利別を通ったら氷点下17℃を表示していました
酷寒の地を貫く細い轍
2ヵ月後
ここを走る列車は…
無い
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月21日
注意!

銀河線注意!
置戸で折り返しを待つ999ホワイト号です
豊住付近で撮っていたらブレーキの弛緩不良なんでしょうか
キーキーと異音をたてて走っていました
置戸で運転士さんに調子が悪いのかどうか訊ねたんですが、曰わく
『みんな調子悪いよ、もう限界なんだよ、ウチの車は』
だそうです(;^_^A アセアセ
車輌の徹底修繕を行わない限り営業続行は難しい
それ故の廃止決断だったのでしょう
風の噂に聞けば車輌修繕と設備更新に20億近いお金が掛かるのだとか
そのお金が有れば他の所を…
その判断が極めて妥当であると思わざるを得ません…
投稿者 風来坊 : 11:33 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月20日
夜の踏切

前々から膨らませていたイメージカットの一つです、北海道は踏切照明が赤いのでWBをタングステンモードにして撮影してます。
おそらくこうなるだろうなとは思っていたのですが、見事に水平が出てません(爆)
なっはっは~( ̄ー ̄)と思いつつ撮り直しに行きたい衝動に駆られています… orz
普段なら夜はすぐさま宴会モードなんですけどね、今回ばかりは真面目に撮ってました。
あと2ヶ月かぁ…
投稿者 風来坊 : 23:33 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月19日
踏み切り注意

古ぼけた踏み切り注意の看板があった
これを入れてSLを撮ったら面白かったろうな…
ふとそんな事を思いました
…もう冬場の撮影は無理だと思います
もっと早くから撮り始めたかった路線です
いつも手遅れになってから気が付くんですよ
これじゃダメだって
走り去る姿を見ても涙すら出ない
醒めた視線でしか見ていない自分に気が付きました
常に冷静であれと自分に言い聞かせていますけどね
冷静と醒めてるのは違うよなぁ…
投稿者 風来坊 : 23:12 | コメント (2) | トラックバック
2006年02月18日
陸別の朝

尋常じゃない寒さで目を覚ましたのは午前5時ちょっと前でした
宿の寒暖計では氷点下25度
既に冷凍庫レベルです…
この温度ではアイドリングのエキゾーストですら白煙になる事を確認
今度はどこでこんな画を撮れるのかなぁ…
ふとそんな事が気になって無性におかしかったです
寒すぎて頭がおかしくなったのかな…(汗)
投稿者 風来坊 : 23:07 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月17日
蹴散らす

自分の中では十分な失敗作です
えぇ、失敗作ですとも(ToT)
レールが片方しか見えない状況でした
風に押されて軽い雪が吹き溜まっていたんです
列車が来ればこうなる事は予見できていたんですが
このときは前から撮ってみたくなったんですよねぇ…
魔が差したのかなぁ
やはりここは後追いが正解でした
もう撮り直しが出来ないだろうなぁ(ToT)
投稿者 風来坊 : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月16日
北見盆地

またまた銀河線へ行ってきました
今回はちょっと良いカットが撮れた様な気がしてたんですけど…
カメラが…(ToT)
最初は日の出のバルブです
我ながら偏ってると思います(笑)
でも、バルブは楽しいんですよ、やっぱり
なんだかなぁとは思いますけどね
ここの駅名票
電球傘は付いてるのですが電気は燈りません
まぁそんな訳でいわゆる『マイ電球』を試したんですが
やっぱり明かりは燈りませんでした
ダメダメですな
投稿者 風来坊 : 23:00 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月31日
時を越えて

電纜ケーブルが鉄道の安全管理を支える重要な手段だった時代
誰が呼んだか『ハエタタキ』なる遺構は北見盆地線で結構残っている
たくさんのケーブルを繋いで通信を行って時代
それは時を越えて語り継がれる
鉄道が輝いていた時代の名残なんでしょうねぇ…
投稿者 風来坊 : 23:13 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月30日
思いの欠片

何となくどこを見ても廃止を匂わせる物が無かった銀河線ですが
これを見たときは不思議とこみ上げて来るものがありました
何となく来て何となく撮っていただけのような印象ですけどね…
思いの欠片が無造作に転がっていたのには驚きました
やがてこの駅のある集落も消えてしまうかもしれません
『さようなら』ではなく『ありがとう』と書き記した人の思いは
時を越えてくれるでしょうか…
投稿者 風来坊 : 23:08 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月29日
インスパイア その2

インスパイアを受けた画像の2枚目です
ラッセルの作った雪の掘割に寝転がり撮ったと思しきカットがありました
SLが雪を蹴散らして走る姿を極限のローアングルで狙ったのでしょう
それをちょっと真似してみたくなり構えてみます
このアングルだと普通塗装より999カラーのほうが良いみたいですね
アクの強いアングルにはアクの強い車両が似合うようです(笑)
しかし、これを撮った直後
この列車から降りてきた女学生にクスクスとされてしまったのは…
立ち直れない衝撃でした orz
投稿者 風来坊 : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月28日
インスパイア

今回の撮影では久しぶりに鉄道趣味誌を持っていったのですが
RM誌の特集:冬こそ北海道の冒頭には広田御大の撮った宗谷線がありました
スポーク動輪の着雪した姿などと共にC55のヘッドライトが闇を照らすカットがあり
それに強いインスピレーションを受けてインスパイア(笑)
ヘッドライトが照らす雪の舞う姿は良い光景だと思います
今回は晴ればかりで天気的にはやや退屈気味でした、ちょっと贅沢かな…
僅かな時間しか居なかった北見エリアですが期待通りに雪の降る情景を押さえる事が出来ました
出来るものならと猛烈な吹雪を期待していた部分も有りますけど
それでは地元の人も迷惑でしょうし^^;
投稿者 風来坊 : 22:57 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月27日
通行止

雪に埋もれた踏み切りで通行止めの看板を見つけた
絞り込んで列車を流す作戦を思いつき実行
くだらない技巧に走るのも食傷気味の証でしょうか(笑)
段々と時間や撮影区間が偏りはじめて来ています
もっと柔軟に考えていかないとダメですね…
投稿者 風来坊 : 22:53 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月26日
メーテルゥゥゥゥゥ!

陸別まで行ったんですが寒く無いです
-5℃くらい?
拍子抜けですな
暮れ行く空を入れて一枚
メーテルゥゥゥゥ!
投稿者 風来坊 : 22:35 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月31日
ヘッドライト/テールライト

語り継ぐ 人もなく
吹きすさぶ 風の中へ…
皇紀2665年が今日で終わる。
平成17年、今年は何かを成し遂げられただろうか?
ふとそんな事を思った。
このBlogも開設して1年になる。
内燃機関車に大きく偏っていた自分の中で少しずつ芽生えていたローカル線への取り組み。
それが少しずつ積み重なってある程度の量になったとき、この企画を思いついた。
もっと何かを発表したい、世に我の写真を問うてみたい。
誰かに自分の思う形にはならない『何か』を感じてほしい。
そう思ってきた。
それが美味く表現できたかどうかは自分でもわからない。
ただ、改めて思う。
ヘッドライト/テールライト
旅はまだ終わらない
クソ忙しい12月のど真ん中、酒呑童子師匠と二人して特急渡道し撮影した銀河線。
最終カットを本別の構内で撮影中にこのエントリーを思いついた。
今年の締めはこのカットにしよう。
そう思ってちょっと無理な移動もしたしアングルも作った。
出来上がったカットを見たときの手応え感とでも言うのだろうか。
よしよし…
と、そう思う一瞬の楽しみこそ、未だに自分を突き動かすエネルギーの源なんだと思う。
もっともっとこれを味わいたい、欲望は果てしない。
ヘッドライト/テールライト
旅はまだ終わらない
来年もカンテラは突っ走ります。
今年一年、こんな更新が不安定なクソBlogにお付き合いいただきありがとう御座いました。
来年も一年、ローカル線とそれを取り巻く人々に精進します。
まだまだ…よろしくお付き合いください。
皆様の御多幸をお祈りいたします。
皇紀2665年12月31日 午後10時50分過ぎ
風来坊 拝
投稿者 風来坊 : 22:31 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月16日
雪の夜

本別の跨線橋
立った2日間の渡道ながらこれを撮らずに帰れるか!
と、勝手に盛り上がって酒の師匠と撮影
もちろん猛烈に寒かったので足寄温泉で暖まってからでしたが(笑)
水銀灯と蛍光灯、ついでに白熱灯のトリプルコンボで色温度が揃いません
補正しきれなかったんですが…
楽しみに待っていた列車は鉄郎君でした
銀河線行くぞぉ!
おりゃぁ!
投稿者 風来坊 : 17:56 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月14日
足跡

仙美利と足寄のあいだ
あまりにも有名になった防雪林を入れてアングルを作った
ふと足元に目をやれば獣の足跡が点々と残っていた
これからもっと足跡が増えるだろう
銀河線の終焉は迫っている
自分なりの銀河線を遺すために
最後の冬を越えて行く
投稿者 風来坊 : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月13日
ラスト10日まで…

銀河線沿いを走っていたらこのシーンに出くわした
冬季閉鎖の踏み切りだ
閉鎖期間を見ていて胸が詰まった
ラスト10日まで閉鎖か…
この踏み切りの閉鎖手配を行ったスタッフはどんな気持ちだったのだろうか?
無念さか、無力感か、それとも、役目を全うする使命感か
道路との接点を絶ってしまった踏み切りの存在
鉄道と言うシステムの閉鎖性だろうか
なんとも言えない感情を抱えて車を発進させた…
撮りに来ている自分だって車じゃないか…と。
投稿者 風来坊 : 22:11 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月07日
白に融ける

粉雪を巻き上げて列車が走り去っていった
後追いで撮りながらファインダー越しに眺めていたのだが
このシーンを撮りながら思わず声が出た
『融けていくみたいだ』
白い車体が自らの後方乱流で巻き上げた雪に消えていく
さながら、熱湯に落とした氷のように
スーっと見えなくなっていく
そして何事も無かったように軌道だけが視界に残る
ふと
何かを暗示しているような気になった
融けゆく…
投稿者 風来坊 : 22:12 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月06日
雪の道

笹森駅の気だるい午後
列車は雪の道を踏んで次の駅へ
驚くほどの静寂に包まれる小さな停留所
この駅の雰囲気はなんとも言えない…
僅かな乗客しかいないと思われる笹森
しかし除雪は行き届いている
誰がここの雪掻きをするのか
それを見届けておきたい
銀河線を撮るときは走り去る後姿が多い
心のどこかに住み着いているイメージは…
後ろ向きばかりなのだろうなぁ
余命あと4ヶ月
投稿者 風来坊 : 22:46 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月05日
大誉地にて

大誉地駅午後1時、列車の姿は無い
コントラストの無いドン曇の空のした
待合室は現れる事の無い乗客を待っていた
人気の無いこの駅の雰囲気はいつか感じたような
どこか懐かしい忘れてしまった大切な何かを思い出しそうになる
それが何であるかはとっくに気が付いているものの
自分の中でそれを認めたら負けだなと思っているからこそ…
かたくなに拒否してみたり
頭から存在を否定してみたり
認めてしまえば楽になるのに
なんどもそう思いつつ…
どうしても越せないルビゴン川
私はカエサルにはなれないのだろうか…
投稿者 風来坊 : 00:00 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月04日
地域の足…

まるで錦の御旗の如く言われる言葉
『交通弱者の地域の足』
この滑り易いスロープを降りて凸凹の構内踏切を渡り
再び滑り易いスロープを登ってホームに行く
すっかり足の萎えてしまったお年寄りにこの道は辛いはず
真に交通弱者救済を掲げるならノンステップバスを玄関先に横付けするのが正しいと言える
鉄道が交通弱者の救済機関になりえるとは、決して言えないのではなかろうか
このシーンを撮りながら、ふと、そう思った
現実とはかくも厳しいものなのだろうか・・・・・
PS:昨日付けのエントリー分、写真の挿し間違いでした、古い写真を指定しちゃった…(激汗)
投稿者 風来坊 : 00:05 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月03日
本別

私は跨線橋が好きだ
私は跨線橋が好きだ
私は…(以下略)
この跨線橋は実によろしい、大変よろしい、よろしすぎて頬ずりしたいくらいだ
ここの跨線橋に比肩すると言えば惜しまれつつ姿を消した西若松の木造跨線橋か遠軽だろう
黒く塗られた風格ある姿は雪景色によく似合う!
この冬はバンバン撮りまっせ( ̄ー ̄)ニヤリ
投稿者 風来坊 : 01:57 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月02日
バックショット

粉雪と言うものの威力を初めて体験したのは…留萌線沿いの雨龍の粉雪だった
線路際で構えた日、粉雪の降り積もったそのポイントはいくら足で踏みつけても締まる気配すら無かった
むしろ踏めば踏むほど足が埋まっていく始末
何と恐ろしい環境かと驚いたものだ
そして、その粉雪が列車に巻き上げられると背面にへばりつき凄いシーンを見せてくれる
バックショット狙いの撮影も実に楽しいのだが…
寒いんだよなぁ(笑)
投稿者 風来坊 : 23:53 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月01日
最後の冬

今日から12月、銀河線最後の冬に突入と言って良いと思う。
まずは今月中に軽く出撃を予定中、この冬は全力投球を計画しているのだが…
まだまだ撮りたいカットがあるのだけど、どれ位撮れるのかを考えればちょっと不安な気持ちもある。
笑っても泣いても正味あと4ヶ月。
掛け替えの無い今を将来へ伝える為に。
次の世代へ記憶と記録を残しておきたい。
最後の冬がやってくる。
投稿者 風来坊 : 23:42 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月09日
霧の朝

前日までの雨があがり撮影日和になると思われた日
意を決して撮影に望んだのだが…
目を覚ましたとき周囲は見事な霧に沈んでいた
会津での撮影で霧は慣れているつもりだったが…
気を取り直して霧らしい画になる場所を求め徘徊する
何本か追っかけながら撮っていたが、この列車の運転士さんは補助灯まで付けてくれた
そうなれば…
瞬間的に思い描いたアングルを撮るためこのポイントへ急行
ギリギリの勝負だったが良い画を撮れたように思う
霧の朝も後わずかだよなぁ…
投稿者 風来坊 : 13:29 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月07日
高島にて

目を覚ました時点で土砂降り…
そんな日にテンション高く撮影できるなんて人は稀だろう
意識して雨のシーンを狙うならそれも一興ながら、この日はどんより曇った最悪の天気だった
空を入れるとトーンが飛んでしまう
何より画面が真っ白になって全体的に白っぽい画になる
でも、来たからには撮影しておかないと…
そう思って高島に来た
1日2回行われる交換のシーンを撮る為に
スナップと言うには些か手抜きだが…
記録として
投稿者 風来坊 : 23:04 | コメント (2) | トラックバック
2005年11月05日
木造跨線橋

本別駅午後7時
風格ある跨線橋をバルブしようとこの駅へやってきた
最初に見たとき以来ほれ込んでしまったこの跨線橋
ローカル線のローカル駅には似つかわしくない作りなのだが…
白熱灯の暖かな光
黒塗りの堂々たる巨躯
安全第一の看板
全てが一時代前の…
そう、まだ鉄道が輝いていた時代の残り香を謳えている
人気の無い駅構内のそこかしこに残る国鉄時代の匂い
沢山の乗客を見つめてきたこの跨線橋もあと半年のお役目だ
見つめ続けるのだろう
沢山の人々の悲喜交々を
この鉄道最後の日まで
投稿者 風来坊 : 08:18 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月03日
日没間近

遥か遠く、眩いばかりの光芒が樹海を照らす。
日没間近の銀河線沿い。
鉄道車両の放つ光は自動車とは異質なものだ。
…かつて、一度は切り開かれた森だろう。
拓殖の夢を持った人たちが有史以来斧を入れていない森に手を掛けたのは、ほんの100年にも満たない昔の話なのかもしれない。
しかし、夢破れ一人また一人とこの地を後にしていくに従い、この大きな森は(かつてそうであったように)本来の姿に戻りつつあるのかもしれない。
身勝手な人間達の夢ですらも受け止め、時には厳しくとも暖かな春と麗らかな夏、鮮やかな秋を見せてきた十勝の大空と大地は、ちっぽけな人間達の時間軸では量れぬ程の大きさを持ってこの威容を保ち続けるのだろ思う。
人間だけでなく、全ての生き物の揺り篭となって。
人間達が撤退して行った後も、人間以外の全ての生き物にとって変えがたい生活の場となって。
だから、私はこう思う事にした。
鉄路が廃止になるのではなくて、鉄路が出来る前に戻るだけだ…と。
樹海を照らす光芒が見えなくなったとき、どこからとも無くエゾシカの鳴く声が聞こえた。
ここにはまだ沢山の生き物が居る、人間が居なくなっても、何も問題ない…
投稿者 風来坊 : 00:19 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月01日
最後の秋雨

大誉地をから列車出発した、軽やかなタイフォンを響かせながら。
最後の秋雨を浴びて列車は次の駅を目指す。
大きな誉れの地、アイヌ語の地名に和人が当てた漢字はそんな意味になった。
ここにその誉れはあったのだろうか?
秋色に染まる沿線からは、そんなものの残り香ですら希薄だったように想う。
ただ
この沿線が一時でも輝いていた時代があったことは事実だろう。
内地から一念発起して海を渡ってきた人々の情熱は、大きな牧草地になって残っている。
十勝のどん詰まり、とにかく寒いこの地に入植してきた人たちの涙雨だろうか。
最後の秋雨浴びて列車は駆ける。
廃止の日まで。
投稿者 風来坊 : 00:04 | コメント (0) | トラックバック
2005年10月30日
月に吼える

陸別駅夜10時過ぎ
池田方面からの最終列車が到着した
折りしも空には丸に満ちた月がカンと冴えている
今宵は…久しぶりに月に吼えるとするか…
満月の夜は人間ですらも、太古の昔に忘れ去った野生の何かを想いだすのだと言う
統計学の観点から見ても満月の夜は事故や事件の発生案件が多いと言う
漆黒の空に明るく満ちた月が浮かんでいれば…
それは良い夜だよなぁ…
そんな事を思いつつ広角レンズでほぼ真上にある月を絡めて見た
あと何回これが撮れるのか?
廃止まで半年を切った銀河線を想う…
この秋の北海道撮影大作戦で撮ってきたものをアップして行きます
北限の鉄路と併せ順次進めて行きますのでよろしくお付き合いください
投稿者 風来坊 : 08:09 | コメント (4) | トラックバック
2005年09月07日
秋空高く

秋空の高さは格別だ
吸い込まれそうな群青色の空を見上げると秋を実感する
なにより
他ではなかなか見られない大きな大きな十勝の空だからこそ
どこまでも深い群青色になるのだろう
空の上に広がるもっとおきな宇宙(そら)を実感する
星の大海を満たす群青の闇がこの蒼天の彼方に広がっている
そう思えば、この大きなキャンバスに浮かぶ雲でさえ
果てしない航海を行く宇宙船ではないか
秋の空はどこまでもフォトジェニックだ
見上げていて時間を忘れさせてくれる空は
秋だけだと思う
良い空だ
いよいよ先が見えてきた銀河線、風の噂では関西圏の某鉄道会社が受け皿になって会社を設立するとかしないとか…
物の見方には表と裏があるように、旅情と実益をキチンと分別して物事を進めて欲しいと思います
廃止反対を志す団体の皆様方には大変申し訳ないのですが、手段のために目的を見失っているように思えてなりませんね
例え空気を運ぶだけになったとしても、地域間交通の御旗の為に血税を投入し無駄な鉄道を延命させる事が良かったのか悪かったのか、きっとその答えをもっとも確実に回答できるのは後世の納税者だけでしょう、存置させた団体に感謝するか、それとも・・・・・・
投稿者 風来坊 : 22:46 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月11日
交差点
名称板の無い小さな踏切に差し掛かったとき、この道路標識が出迎えてくれた
踏切注意の看板も銀河鉄道になっていた
おらが町の鉄道
地元密着を掲げる第3セクター

しかし、鉄道と住民の接点が踏切というのも皮肉な話だ
志は高くとも現実が乖離してしまっている
利用客の視点はどこにあるのだろう・・・・・
投稿者 風来坊 : 23:28 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月10日
大地と生きる
ちょっと高さの足りない高台だったが希望する画はしっかりと撮影できた
この画を撮りたかったんだ…
勇足界隈の畑は地形を無視して平方の仕切られた大きな耕作面積のそれが多い
ここに植えつけられるのは芋類が中心だ
北の大地の豊かな恵みは大地にしっかり根を下ろした人々の耕作が生み出して行く
大地と生きる
晴耕雨読の生活ではないが、大地と生きる
そんな人生も良いなぁと思う今日この頃・・・・・・

トラクターの活躍するここは土の匂いがする場所だ
投稿者 風来坊 : 23:42 | コメント (2) | トラックバック
2005年06月05日
兵ドモガ夢ノ跡…
どこの駅でこれを撮ったか?
そんな事はどうでも良い、ただ、草生した空き地に線路が延びているという現実が妙に胸に突き刺さった
言うまでも無く、終わりの始まりを予感させてくれた瞬間だった
今更になって通って何の意味があるのか?
最低でも3年は撮って見なければ、その路線を撮ったと言う意味にはならないだろう
自分なりの拘りでそんな事を思っている
只見線に通いつめた結果、やっと見えてくるようになった沿線の色々な事柄を思うとき、改めて一つの路線を徹底的に取り込むことの難しさと面白さを実感する
深入りせず、情に溺れず、あくまで傍観者としての立場を貫いてこそ見えるもの
それが何であるかは言葉では到底言い表せないものだ
ただ、その自分なりの感覚にフォルムを与えられるのは他でもない自分だけなのだろう
だから私は思う
路線の存続を願って市民運動する人や、行政の矛盾を指摘して僅かでも延命を図る人とは一線を画して、あくまで後世の為に事実のみを冷徹に撮影しなければならない存在と言うものの価値は、今現在は決して評価できない存在だと言うことを、そして、その写真に先々責任を持つ重要性を
いつの日か思い出す日の為に
改めて検証する日の為に

草生した軌道は廃止後にはきっと見られないだろう、だからイメージとしてこの写真を残すことにする
路線が廃止されると言うことの意味をいつか落ち着いて考える日の為に
しばらく続けたふるさと銀河線の特集はこれで一旦終わります、改めて撮影した分の結果をいずれまた…
投稿者 風来坊 : 23:50 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月04日
樹海
この森は本物の原生林だろうか?
ふとそんな事を思った
眼下に広がる樹海と、それを切り開き作られた線路と道路
樹海自体、一度斧が入り切り開かれてから耕作放棄されて森に戻っただけではないか?
そんな事を思うのはおかしいのかも・・・・・・
ここにも一度は入植したその痕跡が多々残されています
ただ、その多くは廃墟であったり既に崩落していたりします
謂わば『元に戻った』状態と言えるのかもしれません
だから
最初に苦労してここを切り開いた人には申し訳ないのですが
北海道の大自然にとっては、人間がここから撤退して行くのは歓迎すべき事なのかもしれないなぁと
そんな事を思いました

豊かな大自然と呼ぶには些か・・・・・
投稿者 風来坊 : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月03日
螺湾蕗の駅
足寄町は全国にその名の知られた螺湾蕗の特産地
全高2mを越えるその蕗の形はコロボックル伝説を思い起こさせるに十分な説得力ですね
とにかく大きな葉を広げるその造形的な魅力は自然の芸術でしょう
より大きく葉っぱを見せるようなアングルを選んで一枚狙ってみた

来年は撮れない光景です
投稿者 風来坊 : 23:20 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月02日
サミットへ
小さな丘を越えてたった1両の列車がやってきた
緑の森の切り通しを抜けて風のように駆けて行く
地形に逆らわずゆったりとレイアウトされた軌道はかつての本線の証とも言えます
路線長はゆうに100kmを越えますが、全線に渡ってトンネルの無い珍しい路線ですね
これだけのストラクチャーを手放すのは実に惜しいのですが…

利用者がもう少しあれば…
投稿者 風来坊 : 23:33 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月01日
現役はえ叩き、その2
西訓子府付近のハエ叩きはつとに有名ですが、実は池北峠を越えた側にもハエ叩きは立っています
しかもこっちは柱がコンクリートで出来ています、ある意味珍しい光景と言えますね
人件費削減を旨とするCTC化によりハエ叩きに設えられていた電線の多くが用済みになったようです
実際、使われなくなったハエ叩きの隣に立つ電柱には実用ケーブルが一本きりと言うのも珍しくありません
信頼性向上と共にケーブルの大容量化が可能にしたコスト削減の手法ですね
もっとも、それだけやってもコストはまだまだ掛かるわけですが・・・・・

廃止措置無効を裁判所に訴えた団体があるそうですけど…
膨らみ続ける赤字をどうやって埋めるのでしょうかねぇ…
投稿者 風来坊 : 23:26 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月31日
現役ハエ叩き
しばらく前にネット上で話題になった銀河線沿いの現役ハエ叩き
電柱の先端に取り付けられた大量の碍子がハエ叩きに見えることからこう呼ばれる独特の形状ですが、この路線では平成8年だったかまで通票閉塞が現役だったので、それに関連し色々と使われていたのでしょう
とにかく撮りにくい場所にズラーっと立ち並ぶ電柱群ですが、これも今撮れるうちに撮らないとダメでしょうね
いよいよ銀河線整理に向けて動き出したようですが、残された僅かな時間は後世に何を残すべきかを考えるにはあまりに短いと思います
考える前に撮れ
あまり好きではありませんが、とにかく色々撮って残そうと思います
いつの日か思い出す日の為に

走り去るのは列車か…
それとも記憶か…
投稿者 風来坊 : 00:21 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月30日
ライラック
ライラックはまことに花屋泣かせな花である
水持ちの悪さ、花持ちの悪さ、手入れの難しさ、温度管理の難しさ
そして何より、決して安い花ではない
だから正直、自分の店では扱いたくない花だ
しかし、ここでは普通に自生している、そこらの原っぱに…だ
何かに急きたてられるかのように、一斉に花が咲き出していた
アヤメも山ゆりも、そしてライラックも
愚天の空を恨めしく見上げ地面を入れるアングルを探していたら見つけた小さな花壇
ここにも北国の夏があった

曇天特有の色温度ですね…
投稿者 風来坊 : 23:56 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月29日
花咲く駅
この駅はいつからこの姿なのだろうか
路線開業以来この駅舎なのだろうか
フェイクではない年輪がこの駅にはある
時を経て生み出される雰囲気とでもいうのだろうか
見るものに訴えかける何かをムンムンとばら撒いている
ルピナス咲く北国の初夏は駆け足の夏へ向けた僅かな助走期間
一瞬の夏へ向けて花達は咲き競うように可憐な色を見せる
幾年を経て得た雰囲気かは知らぬが、何万年を掛けてこの姿になった花々と共に
この駅は短い夏を迎えようとしている

そしてもうすぐ
最後の夏がやってくる
投稿者 風来坊 : 00:11 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月28日
終着へ
最初にこの光景を見つけたときは何も言えずただ呆然としてしまった
線路がプッツリと途切れ車止めが出ている
緩くカーブした線路はヘロヘロと笑っていた
なんとも言えず、銀河線の将来を暗示しているように見えた
ゆっくりと舵を切るも曲がりきれず…終着へ…
夢や理想だけでは走れないんだよ…
と、そう言いたげな丸太が商品として積み上げられている
理想とは空想であり、現実とは絶望である
当たり前と受け入れられるか否かは
ただただ
受け取る側に委ねられただけ
両方表のコインでしかない
裏も水面下も何も無い
決められた最後の日へと

最後の日へと・・・・・
投稿者 風来坊 : 00:15 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月27日
ルピナス
ルピナス
和名では登り藤と言う
そもそも北海道で自生している種では無かったはずだが…
青い花が好きなのは種類を問わずなんだけど、こと藤類となるとテンション変わりますね
ルピナスが藤類かどうかといえば、主としては全く別モンなんですが、それでもこの雰囲気が最高なんで好んで撮りたい被写体であります
レンズがイマイチなのでボケ味については論を端折りますますけど…
良いタイミングで列車が来るものですね

こういう画を撮るときは目が自動で立て位置モードになります(笑)
投稿者 風来坊 : 23:53 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月26日
薄暮の頃
そろそろ6月と言うことで昨年6月に訪問した分も含めて銀河線を強化していきます
薄暮の空、茜色に染まった空がマゼンダに偏った色調となってイメージを振りまく
先行き不透明だった銀河線の身空に何となくオーバーラップする感覚が可笑しかった
粗末な板張りのホームとあばら家並みの待合室
僅かな乗客の為に設えられた設備を更新することもままならないギリギリの運営
交通弱者救済の錦の御旗を立てるなら、バス化もやむなしと遠い空を見上げた

茜色の汽車が行く
投稿者 風来坊 : 23:54 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月19日
牧草地を渡る風
これから北海道は駆け足の春がやってくるようだ
牧草地に緑のカーペットが揺れる
若芽が敷き詰められた絨毯のようだ
芽吹きだした木々の隙間から軽快気動車が見えた

ふるさと銀河線、最後の春
2度と無い光景だろう…
投稿者 風来坊 : 22:48 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月18日
小利別にて
ドン曇は拷問だ
撮影するのにも色は出ないしコントラストは低い
列車の足が速ければなおさらだし
駅前が見事なゴーストタウンになってしまっている小利別の駅舎は妙に小奇麗なロッジ風だ
いったい誰が使うのか聞いてみたい気もするが…

ヘッドライトを輝かせて列車は行く
投稿者 風来坊 : 23:43 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月17日
煉瓦の橋脚
この路線は昔は本線だった
網走本線と呼んだらしい
そこかしこに昔の栄華をしのばせる小物が散乱しているのだけど
一番多いのはこの手の煉瓦積みの遺構ではないだろう
職人さんが手間隙掛けて積み上げた煉瓦の構造物は幾度目の冬を越したのだろうか
身を切るばかりの雪解け水が何度も襲い掛かっているはずだ
なのにビクともしていない…

ややシャッターチャンスをイレギュラーにしてみた
投稿者 風来坊 : 23:39 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月07日
ちほく線特集
落日のちほく線
もはや時間の問題だ
沿線の自治体ですら言葉では存続を謳うものの、なんら具体的な増収策を示せずにいる
何をするにも手遅れなのだ
国鉄時代から連綿と受け継がれた予算ありきの体質から抜け出せない限り
鉄道会社に未来は無い
昨今、国鉄賛美の声がチラホラと漏れ聞こえてくる
ただ、他の誰でもない
我々鉄道趣味人は決して忘れてはならない
国鉄経営の無策さが
国鉄運営の利権ぶりが
国鉄自身のいい加減さこそが
国鉄を殺したのだと
落日をバックに走るレールバスの姿を見ながら思う
まだ、体力のあった時代になんで100年先を見据えた動きをしなかったのかと
自らに首を絞めながら歩んできた無策さを歯がゆく思う
いつの日かここも昔語りの舞台になろう
その日の為の記録を残したい

2005年03月06日
ちほく線特集
すっかり薄暗くなった時間帯
腰の補助灯まで点灯させて先を急ぐ
結構速い
車内にはまばらな人影、立ち客が出るほどでもないのだろう
沿線に大きな工場でも有れば通勤客も期待できるだろうけど
存在する工場といえば敷地だけ大きくてオートメーション化された人気のまばらな施設ばかりだ
風を切って走る姿を見られるのは
後どれくらいなのだろうか・・・・・

2005年03月05日
ちほく線特集
夕暮れ迫る西一線に列車がやってきた
誰も乗らない
誰も降りない
ドアすらも開かない
ただ停まるだけ
ここは停留所なのだろう
駅名表にライトを映して

2005年03月04日
ちほく線特集
道内にくまなく展開していった屯田兵や開拓民たち
アチコチで生活の拠点を気づくべく、人類開闢以来斧を入れてない森が切り開かれていった
原始のままの姿を残す道内の光景はもはや数えるほどなのかもしれない
しかし、ちょっと目を凝らせば大自然の息吹を感じる光景に何度も出会う
大河ではない小さな川が大地を穿って進む流れに、そんな気配をふと感じた
護岸工事の一切施されていない川に鉄橋が架かっている
この川はその意思のままに流れを変えるのだろう
雪に埋もれ春を待つ川の流れが寒さをいっそう印象深くした
雪解け水を集めて流れる姿を見てみたい

2005年03月03日
ちほく線特集
本別駅
古い時代の鉄道文化を今に残す重厚な跨線橋が構内に存在する
駅舎は町の予算も合って更新が進んだのだろうけど、こういった細かい部分に国鉄時代の面影が残る
このような部分には予算を掛けられないのだろう
列車を動かすだけでも大変なはずだ
年間4億の赤字と伝え聞くが絶対的な赤字幅であればこの何倍もの路線は存在する
ただ、路線を支える側の体力が問題なのだろう
北海道事態が慢性的な赤字に苦しむ今
効率を求めなければならない現実がそこにある
全道で約500万人の人口だと聞く
なんと横浜市より少ないのだ、あれだけ広大な土地だと言うのに…
鉄道企業を支えるには人口密度が希薄すぎるのだろう
閑散とした構内にキハのアイドリングが響く
人影は無い

2005年03月02日
ちほく線特集
先行き不透明なちほく線を1週間連発で行きます
川上駅にてこのシーンを見つけた、どうやら数年前のクリスマス以来のようだ
すっかり色あせたリースの風合いに先行き不透明な銀河線を重ねてみた
人々の期待を背負って開業したはずの路線なのだが、やはりモータリゼーションの波はどうしようもないようだ
公共交通機関と言う錦の御旗とて、絶望的なまでの現実には抗えない
赤字なのだ、利用客がいないから…
いつも無人のこの駅にいるとこの路線の存在意義を考えたくもなる
個人の移動に車が使える時代になった
もはや鉄道に未来は無いのだろうか

2005年02月10日
雪晴れの日に
銀河線沿線は人口希薄地帯
常識の範疇を逸脱している地域
しかし、駅の周りには人の営みが確実に存在している
もちろん
その存在を疑問視せざるを得ない駅もあるのだが…
何気なく立ち寄った駅の前が雪捨て場になっているのを見つけた
駅前が雪捨て場と言う絶望的な仕打ちに駅の存在価値を考えたくもなる
しかし、深く考えずにその頂に上ってみたらこの光景があった

小さな厩と小さな広場
道産子は春を待っている
2005年02月05日
忘れ去られた駅
第3セクターのその多くが赤字に苦しむのは当然の帰結であると思う
少なくとも国民の血税を湯水のように浪費して、諸々の反対論があるのを承知してまで存続させるほどの価値があるとは到底思えない路線があまりにも多かった
国鉄末期の経営改善を図った赤字ローカル線の粛清は当然といえば当然なのだと思う
そしてこの駅だ

その存在価値が重度ローカル線マニアの『こんなところに駅があるなんて凄いよねぇ』などと言う、世迷いごとの為でしかないような駅があること自体問題だ
赤字になって当然だろう
この駅に来る客のほとんどが車で来て車で立ち去っていくのだ
事実上道の駅として機能してるのでは?と思えてならない
妙に落ち着く待合室だし(笑)
やがてここもひっそりと消え去るだろう
いつの日か思い出す日のために記録しておく
ふるさと銀河線 川上