2008年04月20日
3回忌
このエントリは共に銀河線へ通った酒呑童子師匠のBlog「さすらいびとの子守唄」へトラバしています。
『生涯の目標』などと柄にもなく大層な目標としている人物の一人に広田尚敬氏がいます。
言うまでも無く鉄道写真界における最大級のビッグネームですね。
いつぞや・・・・ 碓氷峠の最終日だったかですが、ほんの僅かにお話をした事があります。
その時の印象があまりに強くて、それで目標足りえてるのかもしれません。
何の質問だったか、詳細は忘れましたが、氏の試行錯誤時代のエピソードの一つに、古いバケペンを改造し、もっと古い時代のレンズを取り付け流し撮りをする話がありました。
なんでわざわざ撮り難い思いまでして他社レンズを取り付けるんだろう?
そんな質問を不躾にもストレートにぶつけてみたんですね。
その時。
歴史が動いた!では有りませんが、広田氏の言葉を今も忘れられません。
『心に突き刺さる写真を撮りたい。そのための試行錯誤です』と。
そして、そのあと、私が広田先生と呼んでいたのを軽く窘められ、『私は一人のカメラマンです』と付け加えられました。
どういうわけか私も齢を四捨五入すると不惑に到達し、その関係か知人・友人等を経由したり、はたまた直接目にしたりと、いわゆる「プロ・カメラマン」と言う職業の方と接する事が増えています。
その中で大概感じる違和感と言うか、不遜な感覚とでも言うんでしょうか。無駄に偉そうぶってる痛い人がいるわけです。全部が全部と言うわけでは有りませんが、立場的に不遇だったり、或いは不当に低い評価だったり。そんな感じで誰かの後塵を拝する立場の人ほどその傾向が強いです。
ですから、その時に、広田氏から「カメラマンです」と言われたときに感じた孤独さと言うか、孤高感と言うのは筆舌に尽くしがたいなぁと。そう思うわけです。
で、なんでそんな話をするのかと言うとですね。
氏の言われる「心に突き刺さる写真」と言うものを何となく普段の撮影の裏テーマとして持っているのですが・・・・・
熱に浮かれたように通った銀河線の最終日が怒号と喧騒のうちに終ってしまい、何となく閑をもてあましたその翌日の朝の事。
北見の宿から抜け出してもはや遺構となった銀河線の線路端を走った時、北見に程近い踏み切りでこのシーンを見かけました。
日本全国へ続いてく一条の轍。
鉄の路が無残にも断ち切られている光景。
本当に。もう本当に涙も出ない程、見事に心へと突き刺さる光景でした。
今だから言いますが・・・・ね。私だって思ったわけです。
ほんのわずかな可能性として復活するかもしれない。
時代が急転換して、鉄道を必要とするかもしれない。
だからその時の為に、せめて軌道くらいは残すかも・・・・
すべてが無残に打ち砕かれました。
四季を通じて通った銀河線。
距離が距離だけに、それこそ会津へと通うようなペースは土台無理でした。
でも、少なくとも四季を通じてどのシーズンも一度は足を運んでいます。
そして、やはり冬場の銀河線は白眉でしたね。
氷点下20度近い川上を通過していく列車。
据えた三脚を素手で触れば間違いなく張り付きます。
グローブ越しのオペレーションももどかしく、息を止めて覗いたファインダーは光がキラキラと煌いていました。
吐き出す息の水分がカメラに付いてしまうと、そこから凍りだすほどの寒さです。
ぐっとこらえて真剣に見ていたら、かるく酸欠になったりして・・・・(笑)
この駅も実によい雰囲気でした。
こんなところに駅があるなんて・・・・
何度もそう思ったロケーションでした。
わが国最初の本格的な保存鉄道を目指した陸別町は、この駅までの運転を計画していたそうです。
しかし、まぁ、例によって判例主義・前例主義・事なかれ主義の官僚システムをねじ伏せる事が出来ず諦めたそうですね。
保存鉄道は営利では駄目なんだそうです。また、遊園地のアトラクションと同じで、始点と終点が同一で、なおかつ中間駅は認められないのだとか。
任意の2点間を結び、なおかつその中間に駅を設けることが出来ない法制度では、本格的な保存鉄道は無理ですね。
法の抜け道を作らない。そんな一大原則に則った政治機構は、時として息苦しさももたらす訳です。
正直に言えば、陸別と川上の間に撮りたいアングルがいくつかありました。
保存鉄道を撮ろうと思っていたんです。
でも、それも消えてしまいましたね。
今を撮っておくこと。
改めて。何度も痛い思いをしてるはずなんですが、それでも、改めて思います。
今。今を撮っておかないと。
将来、必ず後悔する。
誰のためでもなく。
銀河線の三回忌に寄せて、自分への戒めもかねて。
投稿者 風来坊 : 22:30 | コメント (3) | トラックバック
2008年03月12日
少しずつ・・・・
ふと眼をやったニュースサイトのヘッドラインに銀河線の文字が浮かんでいた。
ttp://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20080311ddlk01020357000c.html
北見市のエリアに残っていた銀河線の廃レールを枕木を旭川の業者が買ったそうだ。
一般に枕木は栗の樹が使われるそうで、クレオソートで防腐処理された枕木はガーデニングの材料として格好の素材だったりする。
ついでに言えば、レールもまた非常に高品質な鉄が惜しみなく使われていて、昨今のくず鉄相場を見れば割安で買ったと言っても良いのかもしれない。
あれからもうすぐ3年が経とうとしている。
あの時、見て聞いて感じた理不尽さと無力さに貫かれる痛惜の念は忘れがたいものだ。
どれ程個人が努力したところで、社会全体の流れに抗う事など土台無理な話し。
ただ、成すがままに成されるがままに、川の流れに乗るしかない事を嘆いていた。
あの思いが蘇りつつある。
秋田の縦貫線が夏までに結論を出すと言うことで、言うまでも無く廃止へ転がり始めた。
何せ県知事が先頭に立っての廃止先導である。
これもまた逆らえぬかも知れぬ。
・・・・どこの自治体だって同じだろう。
第二の夕張市にはなりたくないはずだ。
夕張の場合は最初にカミングアウトした分を差し引いたとしても、幸いにして全国から様々な形で支援の手が差し伸べられている。
しかし、これには二匹目のドジョウを期待してはならない部分があろうかと思う。
便乗・同情・どさくさ・無責任。
何を言われるか分かったもんじゃないし、支援してくれるとは限らない。
ならば、傷が浅いうちに切れる腫瘍は切り落とすべきと判断したのかもしれない。
自治体のトップとして予算管理と将来への展望を考える要職ならば、時には非常な決断も要求されると言うもの。
鉄道趣味人には到底受け入れがたい話しでもあるのだろうが、鉄道は所詮手段であって、それ以上ではないしそれ以下でもない。
大量高速輸送機関としての特性を発揮できなければ、鉄道と言う手段を使い続けるには必然性が乏しいのだろう。
その辺の冷静な判断を鈍らせるからこそ、鉄道企業の一定以上の要職には鉄道趣味人を排す傾向があるときく。
冷静な経営判断が趣味的視点によって阻害される事を恐れているのだとか。
秋田県知事が思い描いた未来像の中に鉄道を排した姿がどう出来上がってるのか。
批判や誹謗といった子供じみた事ではなく、純粋に納税者の立場として聞いてみたい気がします。
少しずつ・・・・
そう、少しずつですが、夜の中は確実に変わっていますね。
未来は変わってしまいます。
でも、過去はもうこれ以上変えられません。
広郷のホームへ進入する画像を見ていたら、過去をしっかり記録する事の重要性を改めて痛感しました。
投稿者 風来坊 : 23:50 | コメント (2) | トラックバック
2008年01月09日
夢よ再び
陸別駅の跡地で2回目の冬を越している筈のCR-70。
風を切って走った夢の様な日々を再び・・・・
そう願う者達のささやかな祈りですら現実は許してくれそうに無いようだ。
陸別の町が可能な範囲での保存と言う方針に切り替えたのは去年の夏ごろだったろうか。
再び長く厳しい冬を越えて行こうとしている。
川上までの保存運転も夢のまた夢。
我が国の地方行政が抱える絶望的赤字状況を考えれば、この用に車両が残った事ですら奇跡と感謝するべきか。
寒い冬だ・・・・
投稿者 風来坊 : 20:57 | コメント (0) | トラックバック
2007年04月20日
一回忌

あれから・・・・・
もう一回忌になるのか・・・・・・
すでに記憶の中の1ページに過ぎぬと思っていたのですがね。
やはり、どこか消しきれないシミの様な物が、頭のどこかにこびりついて落ちてくれません。
それが何であるかを今更説明するのは野暮と言うものでしょう。
記憶の本質が後悔であるように。
思考の本質とはすなわち、整理する為の理由。
言い換えるなら、忘れるに足るだけの理由を探すことなんでしょうね。
忘れたくても忘れられない事がある。
それがどれ程重要であるかを外部から知る事は出来ない。
どれ程の意味を持つのかを、本人以外が知る事は不可能だから。
疑似体験などといったところで、それは自ら本物ではないと白旗を揚げているようなもの。
あの時。
あの沿線で何を見て、何を感じて、そして、何を諦めたのか。
その心の整理を何となく終えたような気がします。
廃止直後の頃に感じた言い様の無い理不尽さとか無念さではなくて……
例えばそれは輝きを失おうとしているレールの脇に芽を出した草花の若葉であったり。
厳しいを冬を越えて春を謳歌するフキノトウだったり。
北を目指し旅立つ渡り鳥だったり。
鉄道が無くてもここには何の問題も無い。
問題だと言っているのは人間だけであって、この大地にとっては些細な問題でしかない。
自らに言い聞かせるように語ってきたことが、気が付けば自分の中の1ページになっている事に自ら気が付くとでも言うのでしょうか・・・・
白髪の老婆が無念そうに見ていたのは銀河線なのではなく、衰退している地域そのものだったんじゃないかと、最近そんな風に思えてきました。
一回忌を弔う為に、今日はちょっとだけ贅沢をしてエビスの瓶を買ってきた。
缶で飲むビールとは一線を画す深い味わいに喉を鳴らす。
ゆっくりと衰退する北海道の現状を思えば、無駄なものは早めに切り捨てた方が良い。
地方の地域ローカル輸送において、もう鉄道は必要無いんだ。
悲しいけど、それが現実なんですね。
投稿者 風来坊 : 23:22 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月19日
今も……

今日のエントリはちょっと冷たいです。
すいません(汗)
この建物がどこの何であるか。
それをわかる人にしか意味が伝わりません。
でも、伝わる人には重要だと思います。
この中にあった『あれ』は今も健在です。
それどころか、ここを愛する人たちによって、大切に手入れがなされています。
この中には沢山の資料が用意されていました。
そして、お約束のノートまで。
まだまだ大丈夫でしょう。
今度行く時は足跡を残してこようと思います。
投稿者 風来坊 : 23:54 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月18日
あなたに逢えて
分かっていた事なんです。
この沿線を走りながら見覚えの有る撮影地を一つ一つ巡り、何度も…
そう、何度も、不覚にも涙しました。
あえて書きます。
こんなド田舎のローカル線が廃止になろうが、永久に失われようが、私の人生に何ら影響を与えるものじゃ無い筈。
関東の南岸に住み、ここで生きていこうと根を下ろしている私に取って、過疎に悩む北海道の山村がどうなろうと、正直、知ったこっちゃ無い筈です。
でも
この打ちひしがれる程の無力感は一体なんだ?
どれ程自分に言い聞かせて諦めた筈なのに…
まるで、別れた女(ヒト)の笑顔を思い出すような、この罪悪感はなんだ!
1回の表の時点で海を渡った某背番号29がボコスカに打たれて大差のゲームを見ているかのような、この圧倒的屈辱感は何なんだ!!
理由は言うまでも無く分かっている。
いまさら穿り返して飲み屋の片隅でグチグチと見っとも無い言を垂らす酔っ払いみたいな敗残者にはなりたくない。
でも、あえて言いたい。
うん、そうです。あえて言いたいわけです。
あなたに逢えて本当に良かった。
当時もそう思ってました。でも、今も、そう思っています。
遠い日。
いや、実際には大して遠くはありません。
しかし、すでに心の中の1ページとしてファイリングを済ませた記憶の階層は、はるか深いところへ沈めてあります。
そのページが浮かび上がってきました。
ここで、この駅を見た記憶がファインダーの中に見えた気がしました。
氷点下の大気にガタガタ震えながら。
夜明け前の空を見上げながら。
青く染まった影の部分を気にしながら。
素手で触れぬ三脚を弄りながら。
列車を待った日の記憶。
歴史の1ページになった北海道のローカル線群の、その残滓とも言えるここへ邂逅出来た悦び。
嬉しくて、嬉しくて、言葉にならない…………
※御存知、酒の師匠こと酒呑童子氏のBlog『新・さすらいびとの子守唄』へトラックバックしています。
投稿者 風来坊 : 22:37 | コメント (4) | トラックバック
2007年02月17日
地域への貢献/地域との接点
![]()
ある路線が廃止になるとき、良く聞かれる言葉として取り上げられる事の多いものの代表格といえば・・・・・
「交通弱者への貢献」
と言う奴でしょうか。
でも、ここで見た小さな看板は、鉄道と言うシステムがどれほど交通弱者に冷たいのかを、雄弁に語っていました。
手を上げれば止まってくれるバス。
国道沿いの自宅前に横付けしてくれるサービス。
足の萎えた年寄りにも乗り降りしやすい車両。
現実って、所詮こんなもんなんですよね。
小回りの聞く自動車に鉄道が叶う筈が無いわけです。
だって、もし、鉄道が自家用車より便利なら、こんなに自家用車ばかりの世の中にならなかった筈ですし・・・・・
歯がゆいですなぁ・・・・
投稿者 風来坊 : 22:31 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月16日
Lost Railways Blues
何も言うまい・・・・
これが現実だ・・・・
投稿者 風来坊 : 22:28 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月21日
Missing

叶わないものなら
いっそ忘れたいのに・・・・・
最終日撮影の途中、ラジオから久保田のMissingが流れてきた
それまで良いペースでまる氏と会話のラリーを続けていたが思いがけず言葉に詰まった
叶わないものなら…
それを聞いたのは小利別の辺りだった、既に地域が無人の原野へ還ろうとしてるエリアだ
大いなる夢を抱いてこの地域へ入植してきた人々が居た
膨大な汗と涙と情熱がこの大地に染み込んでいるはずだ
どれほどの無念がこの地に詰まっているのだろう
沢山の想いが声無き声で叫んでいるような気がした
いっそ忘れてしまおう
そう思って廃止翌日の沿線をブラブラした
忘れてしまうに足るだけの心の楔を探していただけかもしれない
心に突き刺さって諦めざるを得ない何かを探していた
そしてそれを見つけた
『廃止』の文字が突き刺さった
最終日もその前も何も感じなかったのに
初めて
最終ツアーで初めて泣きそうになった
心に突き刺さった言葉は文字になった廃止だった
これで終わりだ
最後のカットを撮り終えて一人つぶやいた
終わりだ…
投稿者 風来坊 : 23:52 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月20日
終章
走ろう
走ろう
生きている限り
走り続けよう
どんなに辛くても
どんなに悲しくても
失われた全ては
忘却の彼方へと
消えるしかない
終章
長い長い物語
95年ものストーリー
この軌道に
その記憶が眠っている
その想いが眠っている
その情熱が眠っている
そして今日
全てが終わる
ただ一言
ありがとう、と
さようならではなく
ありがとう、と
それだけつぶやいて…
走り続けよう…
投稿者 風来坊 : 23:55 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月19日
Reconquista レコンキスタ
さぁ…
顔を上げよう
輝ける太陽は失われた
嘆きの24時間が始まった
もう
手遅れだ
Reconquista
すべてはここから始まるのだ
敗北ではない
再生なのだ
Reconquista
何も怖くは無い
恐れなくていい
ただ感じ賜え
Reconquista
すべてを忘れよう
輝ける未来の為に
今この瞬間をささげよう
Reconquista
熱狂的再征服
これから失われる者の為に
これから手に入れる全てを
恋焦がれていた全てを
全部捧げよう
Reconquista
光り輝く未来の為に
初心に帰る日なのだ
この24時間
うしなわれる物へ
心からの
レクイエムを
そして
無限の感謝を…
投稿者 風来坊 : 23:22 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月18日
さぁ48時間
止まる事を知らない
時の中で
いくつもの
移り行く町並みを
眺めていた
幼すぎて消えた
還らぬ日の
面影を
すれ違う少年に
重ねたりして
Tomorrow Never Knows
ミス・チルの名曲だ
この沿線に私は何を見ただろう
はっきり言って
絶望しか見えなかった
あちこちで目にした言葉だ
これだけのインフラを…
公共交通の重責を…
交通弱者の移動手段を…
鉄道を…!
結局
何も変わらなかった
何も変われなかった
何も変えられなかった
雑誌は相変わらず煽るだけ
趣味人は文句を言うだけ
財源明示は妄想だけ
誰かが何かをしてくれるのを
待っているだけ
わが国の鉄道趣味の
これが現状だろう…
いつまで経っても
おんなじ事ばかり
いつまで経っても
何にも変わらねぇ
いつまで経っても
イライラするばかり
TheBlueHearts
平成のブルースより…
投稿者 風来坊 : 23:06 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月17日
秒読み態勢
前から…
そう
ずいぶん前から
わかっていた事なのだ
いまさら
どうにもならない事など
嫌と言うほど分かっている
あと3日
たったの72時間後
銀河線は…
すべての列車の運行を終える
これは敗北なのか
これは失敗なのか
これは一体…
なんだと言うのだ
鉄道とは手段だ
当たり前のことだ
沿線は過疎が進む
もう
人が入ってこない
だから
入植の為の鉄道は
使命を果たしたのだ
どれほど恋し焦がれてもこの鉄道の命脈は尽きるのだ、個人の思想や感情やちっぽけな努力ではどうにもならないことを我々は歴史の中から学び取っている、況やそれは個人の経験の中にも果てしなく蓄積された失敗の経験や後悔の念や惜別の感情や死別の記憶らが何層にも折り重なって腐臭をばら撒く記憶の中にもそれは存在する、深い海のそこから輝く水面を見上げるように遥かかなたで輝く積み重ねられた絶望と言う名の諦めをも感情としてそれが当然であるかのように受け入れられるように、ただ黙って導いてくれているに過ぎないはずだ、なぜならそれは粛々と流れていく時間そのものであり、絶えず変化し続ける姿形と言う名の器に収まる水のように滑らかで柔軟で、そして従順な現世・うつつよでしかないからだ、形有るものがいつか壊れるように、命あるものがいつか死に果てるように、常に変化し続けながら存在しているものだからだ、それを受け入れられないならばそれは打ち寄せる浜辺の波に止まれと言っているようなものであり、滔滔と流れる川の流れに戻れと言うようなものではないだろうか・・・・・・
時が戻るなら…、誰しも一度は思う事なのかも知れない、その中で利己的な振る舞いなどせずこの鉄道のために貢献できることが出来るとしたら、あなたはそれでも過去に戻りたいだろうか?、私は到底そうは思わない、なぜなら過去に戻ったとしても、必ずそこには後悔が生まれると分かりきっているからだ、この鉄道の延命が成功したにしろ失敗したにしろ、そこには必ず何らかの後悔があるはずだ、なぜなら後悔こそ記憶の本質だからだ、どれほど辛く苦しい事であっても後には楽しい事として思い出されるだろう、なぜならそこには辛く苦しい記憶と共に後悔が記憶されるからだ、後悔は永遠に後悔であり手痛い失敗からこそ何かを学ぶだろうからだ、辛く苦しいことはその途中経過の記憶の断面でしかなく、記憶の本質は常に後悔と隣り合っているはずだ、もし過去に戻れるなら…
私は何をするべきだろうか
投稿者 風来坊 : 23:02 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月06日
お座敷列車が行く -7

吹雪の小利別
季節外れの大雪が十勝平野を襲った日
最悪のコンディションな国道を走って何とかここまで来た
しかし、交換するべき銀河線の普通列車が3分遅れ…
交換シーンを捨てて先回りするか
あくまで狙いたかったシーンを優先するか
土壇場の選択
土壇場の決断
交換待ちの時間的貯金が3分だった
そして交換列車が見えた瞬間にお座敷は発車体制となった
結局、お座敷はここから先で追いつけなかったです
最後の最後で入ってきたお座敷列車
徹底的に撮りたかったという思いはなんとなく不完全燃焼でした
でも、最後に良いシーンを見た気がします
泣いても笑っても
あと2週間…
投稿者 風来坊 : 22:22 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月05日
お座敷列車が行く -6

まもなく上利別
雪は間断無く降り続いていた
軌道にはうっすらと積雪が見える
重く湿った雪だった
なんかチグハグな追っかけをしてしまして(汗)
先行してるんだけど車を止められないとか画にならないとか
そんな感じでストレス溜め込んで上利別着となりました
ここで銀河線の普通列車とすれ違ったのですが…
なんだか後悔しか出てこないですねぇ… orz
投稿者 風来坊 : 23:36 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月04日
お座敷列車が行く -5

陸別の似非タブレット交換
もうちょっとアップを一枚(笑)
この撮影の時は傑作でした
『駅員さーん、左手ちょっと下! もうちょっと下! そうそう!』
だとか
『運転士さーん 片手でタブレットキャリア もってくださーい!』
だの、演技指導が厳しかったです(笑)
タブレット交換の儀式をしたのは陸別だけじゃないかと思うんですが
よそはやったのかなぁ…
投稿者 風来坊 : 22:48 | コメント (0) | トラックバック
2006年04月03日
お座敷列車が行く -4

吹雪一歩前の陸別駅にお座敷列車が到着
どこから持ってきたのか駅員氏が肩からタブレットホルダーをぶら下げている
道内では既にどこにも使っている路線は無いと思うのだが…
と言うより、全国的に見てもほとんど無い筈なのだが(笑)
お座敷列車先頭の貫通幌部分に積雪が見られますね
実は陸別手前付近で本当にすごい勢いの降雪がありました
R242沿いで軽く怖い思いをしています、実は(汗)
ここから先はどうなることやら…ふとそんな事を思って駅を後にしています
投稿者 風来坊 : 23:06 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月02日
お座敷列車が行く -3

訓子府から小利別へ道道143号線でショートカットして先回り
妙にケツが滑るなぁと思ったらシャーベット雪になってました
収まってくれないテールをカウンターでねじ伏せて爆走
小利別へかなり早く先回りに成功(笑)
気温は1.5℃前後で最悪のコンディションです
レンズに付いた雪までドンドン解けていく始末
あらら…
なんだかなぁと撮影したのですが
まぁこれはこれで良い画なんじゃないかな…と自分を納得させて我慢
早春の光景が撮りたかったのに(ToT)
そしてここから十勝平野に向かってどんどん雪が深くなっていくのでした
投稿者 風来坊 : 22:31 | コメント (2) | トラックバック
2006年04月01日
お座敷列車が行く -2

なんか追っかけたら追いついたので撮影(笑)
行きました撮りましたレベルの話にならない画ですな
とりあえず西富のカーブした線路を撮りたかったんですが、レンズが短すぎました
今回の撮影行ではチグハグというか支離滅裂な部分が多く
CFケースごと自宅に忘れて行ってノートPCに入れてあった256MBだけで撮影したり
レンズのクリーニングを施しセーム革に包んだまま望遠ズームを忘れたり
なんか健忘症モードどっぷりでした(ToT)
ダメダメという言葉を思い出しますです、ハイ…
投稿者 風来坊 : 23:19 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月31日
お座敷列車が行く -1

年度末のくそ忙しい最中、強引に休みを確定させて行って来た銀河線
最大の目的は実はこれでした
早春の光景を狙って追いかけ倒すか俯瞰に上がるか…
そんな風に考えていたんですが(笑)
爆弾低気圧にすっかりやられてしまい北見盆地は雨+霧で視界はありません
銀河線らしい画を撮りたかったのですがねぇ…
苦し紛れにこんなカットでお茶を濁して(汗)
ダメダメですな
投稿者 風来坊 : 22:20 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月30日
支離滅裂になってしまった旅 30日分

28日夜から降り始めた雪は春先特有の爆弾低気圧によるものでした
中札内では29日夜までに89cmの積雪を観測し3月としては史上10番目となったそうです
FMノースウェーブを聞いていてもパーソナリティが「事実上4月と言って良いですよね?」って感じで、なんか超お疲れモードになってました
そんなわけで28日には雪がほとんど無く早春賦先取りだった場所ですが、画面は冬ですねぇ(笑)
1月上旬の撮影ですと言っても通るかもしれません
銀河線併結の列車を始めてまともに撮れたと言うのにこれですからね…
なんだかなぁ…
投稿者 風来坊 : 22:13 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月29日
早春の旅だった筈の旅(笑) 29日分

陸別駅前で夜を明かしたものの視界に入ってくるのは無情の雪
なぜか冬に逆戻りでした
しかも温度は0度付近を行ったり来たりの生ぬるい温度です
日本で一番寒い陸別の町で、なぜか会津の春雪に出会いました(ToT)
ふと気になって小利別まで行って見たのですが温度は1.5度
雪になってるのが恨めしい程で服に付いたらすぐ解ける水雪状態
この雪で撮影を続行するとパンツまでびしょ濡れになりますね
なんだかなぁ…
そんな一日でした
投稿者 風来坊 : 22:06 | コメント (0) | トラックバック
2006年03月28日
早春の旅…だった筈(28日)

当初のコンセプトは早春の旅というイメージでした
なんどもコンテを起こしてラフを描き、こんな感じ・あんな感じとイメージを作っていたのですが…
27日最終のとかち帯広空港行きで十勝入りし宿に向かう道すがら
札幌は江別の某大先生からメールが…
曰く「今から行くから飲むべ」
断る理由が無いじゃないですか!
そんな訳で早起き+飯抜き+年度末進行でグダグダにも関わらず鳥の居酒屋で暴飲暴食
そうすると当然ですが、当初のコンセプトなどすっかり忘れてしまいます(笑)
そんな訳で例によって趣味の近い某氏と意気投合して
「 こ~んなかんじぃ~♪ 」(語尾上げ)
で撮影に入った訳です
帯広と札内のあいだ
陸橋の上から後追いで狙った銀河線併結の根室線列車
釧路発の帯広行きですが帯広でそのまま快速狩勝になるため
実質は直通滝川行きの列車です
それにぶら下がって池田から帯広へ…
あと3週間だけの光景ですね
投稿者 風来坊 : 21:26 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月26日
打ち止め

銀河線ネタ
これにて打ち止めぇ~(笑)
次のロケ以降に再開しましょうかね…
黄昏に映えるひととき
駅名表は何を思うのだろうか…
投稿者 風来坊 : 22:38 | コメント (2) | トラックバック
2006年02月25日
通学時間

夜が明けたばかりの駅で始発列車を待つ学生が一人
この日最初に北見へと向かう列車に吸い込まれていった
払暁の色を残した空はほんのり茜色だった
太陽が山並みの向こうで開店準備に追われている頃
この駅を出発する列車のタイフォンが響いた…
投稿者 風来坊 : 22:10 | コメント (2) | トラックバック
2006年02月24日
最終列車

北見駅23時ちょっと過ぎ
銀河線最後の列車が北見駅へ滑り込んだ
この列車が銀河線の最終列車だ
最終日…4月20日もこれで終わりだと思う
予行演習のようなものだろうか…
一人で出掛けた2月のツアーでは徹底的に撮る事が出来ました
複数で撮影に行くと夜は必ず宴会です
いや、それ自体は楽しいですし、むしろ撮影より優先なんですがね(笑)
時にはストイックに撮るのも良いかなぁ…と
23時過ぎの北見は陸別ほどでは無いですが寒かったです
でも、この時間まで、心行くまで撮れた幸せを感じていました
なんだかんだ言って通っている銀河線
次は4月の最後で…と思っていたのですが、勢い余って3月も行きそうです
行かずに泣くな 行って泣け
最後は笑えるように
頑張ります
投稿者 風来坊 : 23:28 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月23日
夕暮れ時

夕暮れ時はチャレンジタイム
肩幅に両足を広げやや膝を折り
肩ではなく腰を回転させてカメラを振る
何かに似ているなぁと思えば…
そう
ゴルフクラブを振る時か
それとも野球のバットだろうか
ギリギリの露出を狙ってシャッター速度の限界に挑戦
これのEXIFにはシャッター速度1/3と残っている
85mmレンズでf.2.0だった
躍動感の表現を狙ったつもりなのだが…
どうだろうか?
投稿者 風来坊 : 21:58 | コメント (3) | トラックバック
2006年02月22日
小利別にて

氷点下12℃
三脚を素手で触れば僅かな水分が瞬時に氷結してしまう
フルチャージしたはずのバッテリーが弱くなる
そして何より
外気に触れる皮膚が…痛い
EXIFに残されたデータを読むと撮影時間は18時17分31秒になっている
19時前で氷点下12℃…
この後で川上でも撮影したのですが
その前に小利別を通ったら氷点下17℃を表示していました
酷寒の地を貫く細い轍
2ヵ月後
ここを走る列車は…
無い
投稿者 風来坊 : 21:00 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月21日
注意!

銀河線注意!
置戸で折り返しを待つ999ホワイト号です
豊住付近で撮っていたらブレーキの弛緩不良なんでしょうか
キーキーと異音をたてて走っていました
置戸で運転士さんに調子が悪いのかどうか訊ねたんですが、曰わく
『みんな調子悪いよ、もう限界なんだよ、ウチの車は』
だそうです(;^_^A アセアセ
車輌の徹底修繕を行わない限り営業続行は難しい
それ故の廃止決断だったのでしょう
風の噂に聞けば車輌修繕と設備更新に20億近いお金が掛かるのだとか
そのお金が有れば他の所を…
その判断が極めて妥当であると思わざるを得ません…
投稿者 風来坊 : 11:33 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月20日
夜の踏切

前々から膨らませていたイメージカットの一つです、北海道は踏切照明が赤いのでWBをタングステンモードにして撮影してます。
おそらくこうなるだろうなとは思っていたのですが、見事に水平が出てません(爆)
なっはっは~( ̄ー ̄)と思いつつ撮り直しに行きたい衝動に駆られています… orz
普段なら夜はすぐさま宴会モードなんですけどね、今回ばかりは真面目に撮ってました。
あと2ヶ月かぁ…
投稿者 風来坊 : 23:33 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月19日
踏み切り注意

古ぼけた踏み切り注意の看板があった
これを入れてSLを撮ったら面白かったろうな…
ふとそんな事を思いました
…もう冬場の撮影は無理だと思います
もっと早くから撮り始めたかった路線です
いつも手遅れになってから気が付くんですよ
これじゃダメだって
走り去る姿を見ても涙すら出ない
醒めた視線でしか見ていない自分に気が付きました
常に冷静であれと自分に言い聞かせていますけどね
冷静と醒めてるのは違うよなぁ…
投稿者 風来坊 : 23:12 | コメント (2) | トラックバック
2006年02月18日
陸別の朝

尋常じゃない寒さで目を覚ましたのは午前5時ちょっと前でした
宿の寒暖計では氷点下25度
既に冷凍庫レベルです…
この温度ではアイドリングのエキゾーストですら白煙になる事を確認
今度はどこでこんな画を撮れるのかなぁ…
ふとそんな事が気になって無性におかしかったです
寒すぎて頭がおかしくなったのかな…(汗)
投稿者 風来坊 : 23:07 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月17日
蹴散らす

自分の中では十分な失敗作です
えぇ、失敗作ですとも(ToT)
レールが片方しか見えない状況でした
風に押されて軽い雪が吹き溜まっていたんです
列車が来ればこうなる事は予見できていたんですが
このときは前から撮ってみたくなったんですよねぇ…
魔が差したのかなぁ
やはりここは後追いが正解でした
もう撮り直しが出来ないだろうなぁ(ToT)
投稿者 風来坊 : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2006年02月16日
北見盆地

またまた銀河線へ行ってきました
今回はちょっと良いカットが撮れた様な気がしてたんですけど…
カメラが…(ToT)
最初は日の出のバルブです
我ながら偏ってると思います(笑)
でも、バルブは楽しいんですよ、やっぱり
なんだかなぁとは思いますけどね
ここの駅名票
電球傘は付いてるのですが電気は燈りません
まぁそんな訳でいわゆる『マイ電球』を試したんですが
やっぱり明かりは燈りませんでした
ダメダメですな
投稿者 風来坊 : 23:00 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月31日
時を越えて

電纜ケーブルが鉄道の安全管理を支える重要な手段だった時代
誰が呼んだか『ハエタタキ』なる遺構は北見盆地線で結構残っている
たくさんのケーブルを繋いで通信を行って時代
それは時を越えて語り継がれる
鉄道が輝いていた時代の名残なんでしょうねぇ…
投稿者 風来坊 : 23:13 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月30日
思いの欠片

何となくどこを見ても廃止を匂わせる物が無かった銀河線ですが
これを見たときは不思議とこみ上げて来るものがありました
何となく来て何となく撮っていただけのような印象ですけどね…
思いの欠片が無造作に転がっていたのには驚きました
やがてこの駅のある集落も消えてしまうかもしれません
『さようなら』ではなく『ありがとう』と書き記した人の思いは
時を越えてくれるでしょうか…
投稿者 風来坊 : 23:08 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月29日
インスパイア その2

インスパイアを受けた画像の2枚目です
ラッセルの作った雪の掘割に寝転がり撮ったと思しきカットがありました
SLが雪を蹴散らして走る姿を極限のローアングルで狙ったのでしょう
それをちょっと真似してみたくなり構えてみます
このアングルだと普通塗装より999カラーのほうが良いみたいですね
アクの強いアングルにはアクの強い車両が似合うようです(笑)
しかし、これを撮った直後
この列車から降りてきた女学生にクスクスとされてしまったのは…
立ち直れない衝撃でした orz
投稿者 風来坊 : 23:04 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月28日
インスパイア

今回の撮影では久しぶりに鉄道趣味誌を持っていったのですが
RM誌の特集:冬こそ北海道の冒頭には広田御大の撮った宗谷線がありました
スポーク動輪の着雪した姿などと共にC55のヘッドライトが闇を照らすカットがあり
それに強いインスピレーションを受けてインスパイア(笑)
ヘッドライトが照らす雪の舞う姿は良い光景だと思います
今回は晴ればかりで天気的にはやや退屈気味でした、ちょっと贅沢かな…
僅かな時間しか居なかった北見エリアですが期待通りに雪の降る情景を押さえる事が出来ました
出来るものならと猛烈な吹雪を期待していた部分も有りますけど
それでは地元の人も迷惑でしょうし^^;
投稿者 風来坊 : 22:57 | コメント (2) | トラックバック
2006年01月27日
通行止

雪に埋もれた踏み切りで通行止めの看板を見つけた
絞り込んで列車を流す作戦を思いつき実行
くだらない技巧に走るのも食傷気味の証でしょうか(笑)
段々と時間や撮影区間が偏りはじめて来ています
もっと柔軟に考えていかないとダメですね…
投稿者 風来坊 : 22:53 | コメント (0) | トラックバック
2006年01月26日
メーテルゥゥゥゥゥ!

陸別まで行ったんですが寒く無いです
-5℃くらい?
拍子抜けですな
暮れ行く空を入れて一枚
メーテルゥゥゥゥ!
投稿者 風来坊 : 22:35 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月31日
ヘッドライト/テールライト

語り継ぐ 人もなく
吹きすさぶ 風の中へ…
皇紀2665年が今日で終わる。
平成17年、今年は何かを成し遂げられただろうか?
ふとそんな事を思った。
このBlogも開設して1年になる。
内燃機関車に大きく偏っていた自分の中で少しずつ芽生えていたローカル線への取り組み。
それが少しずつ積み重なってある程度の量になったとき、この企画を思いついた。
もっと何かを発表したい、世に我の写真を問うてみたい。
誰かに自分の思う形にはならない『何か』を感じてほしい。
そう思ってきた。
それが美味く表現できたかどうかは自分でもわからない。
ただ、改めて思う。
ヘッドライト/テールライト
旅はまだ終わらない
クソ忙しい12月のど真ん中、酒呑童子師匠と二人して特急渡道し撮影した銀河線。
最終カットを本別の構内で撮影中にこのエントリーを思いついた。
今年の締めはこのカットにしよう。
そう思ってちょっと無理な移動もしたしアングルも作った。
出来上がったカットを見たときの手応え感とでも言うのだろうか。
よしよし…
と、そう思う一瞬の楽しみこそ、未だに自分を突き動かすエネルギーの源なんだと思う。
もっともっとこれを味わいたい、欲望は果てしない。
ヘッドライト/テールライト
旅はまだ終わらない
来年もカンテラは突っ走ります。
今年一年、こんな更新が不安定なクソBlogにお付き合いいただきありがとう御座いました。
来年も一年、ローカル線とそれを取り巻く人々に精進します。
まだまだ…よろしくお付き合いください。
皆様の御多幸をお祈りいたします。
皇紀2665年12月31日 午後10時50分過ぎ
風来坊 拝
投稿者 風来坊 : 22:31 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月16日
雪の夜

本別の跨線橋
立った2日間の渡道ながらこれを撮らずに帰れるか!
と、勝手に盛り上がって酒の師匠と撮影
もちろん猛烈に寒かったので足寄温泉で暖まってからでしたが(笑)
水銀灯と蛍光灯、ついでに白熱灯のトリプルコンボで色温度が揃いません
補正しきれなかったんですが…
楽しみに待っていた列車は鉄郎君でした
銀河線行くぞぉ!
おりゃぁ!
投稿者 風来坊 : 17:56 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月14日
足跡

仙美利と足寄のあいだ
あまりにも有名になった防雪林を入れてアングルを作った
ふと足元に目をやれば獣の足跡が点々と残っていた
これからもっと足跡が増えるだろう
銀河線の終焉は迫っている
自分なりの銀河線を遺すために
最後の冬を越えて行く
投稿者 風来坊 : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月13日
ラスト10日まで…

銀河線沿いを走っていたらこのシーンに出くわした
冬季閉鎖の踏み切りだ
閉鎖期間を見ていて胸が詰まった
ラスト10日まで閉鎖か…
この踏み切りの閉鎖手配を行ったスタッフはどんな気持ちだったのだろうか?
無念さか、無力感か、それとも、役目を全うする使命感か
道路との接点を絶ってしまった踏み切りの存在
鉄道と言うシステムの閉鎖性だろうか
なんとも言えない感情を抱えて車を発進させた…
撮りに来ている自分だって車じゃないか…と。
投稿者 風来坊 : 22:11 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月07日
白に融ける

粉雪を巻き上げて列車が走り去っていった
後追いで撮りながらファインダー越しに眺めていたのだが
このシーンを撮りながら思わず声が出た
『融けていくみたいだ』
白い車体が自らの後方乱流で巻き上げた雪に消えていく
さながら、熱湯に落とした氷のように
スーっと見えなくなっていく
そして何事も無かったように軌道だけが視界に残る
ふと
何かを暗示しているような気になった
融けゆく…
投稿者 風来坊 : 22:12 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月06日
雪の道

笹森駅の気だるい午後
列車は雪の道を踏んで次の駅へ
驚くほどの静寂に包まれる小さな停留所
この駅の雰囲気はなんとも言えない…
僅かな乗客しかいないと思われる笹森
しかし除雪は行き届いている
誰がここの雪掻きをするのか
それを見届けておきたい
銀河線を撮るときは走り去る後姿が多い
心のどこかに住み着いているイメージは…
後ろ向きばかりなのだろうなぁ
余命あと4ヶ月
投稿者 風来坊 : 22:46 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月05日
大誉地にて

大誉地駅午後1時、列車の姿は無い
コントラストの無いドン曇の空のした
待合室は現れる事の無い乗客を待っていた
人気の無いこの駅の雰囲気はいつか感じたような
どこか懐かしい忘れてしまった大切な何かを思い出しそうになる
それが何であるかはとっくに気が付いているものの
自分の中でそれを認めたら負けだなと思っているからこそ…
かたくなに拒否してみたり
頭から存在を否定してみたり
認めてしまえば楽になるのに
なんどもそう思いつつ…
どうしても越せないルビゴン川
私はカエサルにはなれないのだろうか…
投稿者 風来坊 : 00:00 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月04日
地域の足…

まるで錦の御旗の如く言われる言葉
『交通弱者の地域の足』
この滑り易いスロープを降りて凸凹の構内踏切を渡り
再び滑り易いスロープを登ってホームに行く
すっかり足の萎えてしまったお年寄りにこの道は辛いはず
真に交通弱者救済を掲げるならノンステップバスを玄関先に横付けするのが正しいと言える
鉄道が交通弱者の救済機関になりえるとは、決して言えないのではなかろうか
このシーンを撮りながら、ふと、そう思った
現実とはかくも厳しいものなのだろうか・・・・・
PS:昨日付けのエントリー分、写真の挿し間違いでした、古い写真を指定しちゃった…(激汗)
投稿者 風来坊 : 00:05 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月03日
本別

私は跨線橋が好きだ
私は跨線橋が好きだ
私は…(以下略)
この跨線橋は実によろしい、大変よろしい、よろしすぎて頬ずりしたいくらいだ
ここの跨線橋に比肩すると言えば惜しまれつつ姿を消した西若松の木造跨線橋か遠軽だろう
黒く塗られた風格ある姿は雪景色によく似合う!
この冬はバンバン撮りまっせ( ̄ー ̄)ニヤリ
投稿者 風来坊 : 01:57 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月02日
バックショット

粉雪と言うものの威力を初めて体験したのは…留萌線沿いの雨龍の粉雪だった
線路際で構えた日、粉雪の降り積もったそのポイントはいくら足で踏みつけても締まる気配すら無かった
むしろ踏めば踏むほど足が埋まっていく始末
何と恐ろしい環境かと驚いたものだ
そして、その粉雪が列車に巻き上げられると背面にへばりつき凄いシーンを見せてくれる
バックショット狙いの撮影も実に楽しいのだが…
寒いんだよなぁ(笑)
投稿者 風来坊 : 23:53 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月01日
最後の冬

今日から12月、銀河線最後の冬に突入と言って良いと思う。
まずは今月中に軽く出撃を予定中、この冬は全力投球を計画しているのだが…
まだまだ撮りたいカットがあるのだけど、どれ位撮れるのかを考えればちょっと不安な気持ちもある。
笑っても泣いても正味あと4ヶ月。
掛け替えの無い今を将来へ伝える為に。
次の世代へ記憶と記録を残しておきたい。
最後の冬がやってくる。
投稿者 風来坊 : 23:42 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月09日
霧の朝

前日までの雨があがり撮影日和になると思われた日
意を決して撮影に望んだのだが…
目を覚ましたとき周囲は見事な霧に沈んでいた
会津での撮影で霧は慣れているつもりだったが…
気を取り直して霧らしい画になる場所を求め徘徊する
何本か追っかけながら撮っていたが、この列車の運転士さんは補助灯まで付けてくれた
そうなれば…
瞬間的に思い描いたアングルを撮るためこのポイントへ急行
ギリギリの勝負だったが良い画を撮れたように思う
霧の朝も後わずかだよなぁ…
投稿者 風来坊 : 13:29 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月07日
高島にて

目を覚ました時点で土砂降り…
そんな日にテンション高く撮影できるなんて人は稀だろう
意識して雨のシーンを狙うならそれも一興ながら、この日はどんより曇った最悪の天気だった
空を入れるとトーンが飛んでしまう
何より画面が真っ白になって全体的に白っぽい画になる
でも、来たからには撮影しておかないと…
そう思って高島に来た
1日2回行われる交換のシーンを撮る為に
スナップと言うには些か手抜きだが…
記録として
投稿者 風来坊 : 23:04 | コメント (2) | トラックバック
2005年11月05日
木造跨線橋

本別駅午後7時
風格ある跨線橋をバルブしようとこの駅へやってきた
最初に見たとき以来ほれ込んでしまったこの跨線橋
ローカル線のローカル駅には似つかわしくない作りなのだが…
白熱灯の暖かな光
黒塗りの堂々たる巨躯
安全第一の看板
全てが一時代前の…
そう、まだ鉄道が輝いていた時代の残り香を謳えている
人気の無い駅構内のそこかしこに残る国鉄時代の匂い
沢山の乗客を見つめてきたこの跨線橋もあと半年のお役目だ
見つめ続けるのだろう
沢山の人々の悲喜交々を
この鉄道最後の日まで