2007年10月16日

出発待ち

 茂市の定番アングルらしい出発待ち。
 この時もちゃんと撮ってあります。

 でも、正直に言うと、実は置き換え待ちって部分のほうが大きいんですよね(笑)
 置き換えられた110をどれ程上手く撮れるのか?
 その自分の上達具合を確かめる為、そのためだけに行きたいなぁとか思ってるんですがね・・・・

 先日、某所でこの写真を見せたときに、普通の鉄なら駅名看板を入れない!だとか、もっと列車に接近して!だとか、色々と手厳しく評価されましたけど、人と同じ写真とるのが嫌なへそ曲がりですからねぇ。
 キィキィと奇声を飛ばしながら場所争いをするのは、そろそろ終わりにしませんか?って気がします。

 この直後、駅員さんはカンテラを振って列車に合図を送ります。
 それに伴ってゆっくりと加速して行くキハ52。
 ここにはローカル線の全てが詰まっているのかもしれません。

投稿者 風来坊 : 23:49 | コメント (4) | トラックバック

2007年10月15日

置き換え計画

 10月10日付の朝日新聞で山田岩泉系統の車両置き換えが報じられたそうです。
 例によってアサヒってない事を祈りたい物ですが、でも、逆に言うとアサヒってるケースのほうが良いかもしれない稀有な例かと(笑)

 この車両のドアは冬になると半自動らしいですね。
 冬場に見た事が無いんですけど、それでも、新型(?)の置き換え予告パンフには冬場のドアがボタン開閉になると予告しています。
 足萎えの年寄りがヨタヨタしながらクソ重いドアを開けるシーンをあちこちの路線で何度も見てますからね。
 こういった意味での新型置き換えは積極的に推進して欲しい物です。

 いろんな意味で嫌われる110グループですが、これもまた10年20年と経った時に、更なる新型が投入されるようになると目の色変えて撮る人が出るんでしょうね。
 今を走るキハ52だって、その前の旧型や蒸気をとっていた世代からすればエイリアンそのものな訳ですし(笑)

 今月21日から順次運用置き換えが始まり、来月後半には完了するとの事。
 旧型のお名残撮影は急いだほうが良いでしょうね。

投稿者 風来坊 : 23:25 | コメント (5) | トラックバック

2007年10月05日

最終ひまわりネタ

 岩泉線初訪問の残り物です。
 ひまわりネタなんで、今這っておかないとお蔵入り確定ですし(笑)
 場所は岩泉の近くだと思うんですが、詳細は不明です。
 単純に車を止める場所の近くにひまわりがあっただけです。
 なんだかなぁ(笑)

投稿者 風来坊 : 23:53 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月20日

岩手和井内駅


 岩泉線フリークの間で長らく聖地とされてきた岩手和井内駅。
 開業以来の駅舎が立て替えられ、平成仕様となった姿での初訪問でした。
 各方面からの画像を見るにつけ、味わい深い趣の駅だとは思っていましたが・・・・
 この姿だって十分じゃないかと思うのは、やはり趣味人として問題なんですかね?(笑)

 なんか、ここ数年の撮影派鉄道趣味界を見ていると、懐古趣味・国鉄趣味ならぬ物はすべて異端とされかねない閉鎖的なにおいを感じています。
 国鉄色が唯一無二の物であって、JRカラーやJR型は存在自体が否定されているようなイメージですね。
 走るんですとか言われる新系列電車だけでなくて、それこそ、駅者とかのストラクチャ類まで含めて、懐古的な風潮が強いような気がします。

 心理学者とか言う胡散臭い学者さんが言うには、世間の雰囲気として、安定していた時代への心理回帰だそうですがねぇ・・・・
 純粋に趣味的視点としてみればいいんでしょうけど、時々勘違いして国鉄礼拝主義みたいなのが出てきますから・・・・
 なんだかなぁ~ですよね、ほんとに。

 岩手和井内駅前の道はR340の改良工事に伴う国道化への工事も本格化していました。
 いよいよこの地域にも本格的な道路の恩恵が来るかもしれませんね。
 あぁ、待ち遠しい・・・・・

 そう呟いた地元のお年寄りが印象的でした。

投稿者 風来坊 : 23:04 | コメント (0) | トラックバック

2007年09月05日

聖地


 その駅はとんでもない急勾配の途中に作られた僅かな距離の緩勾配区間に、簡素なホームを備えただけの物だった。

 数々のローカル線サイト達の中でも、北東北を舞台とする所では、間違いなく聖地の一つに上げられている路線。

 岩泉線

 この路線にどれ程の趣味的価値があるのか、それを客観的に計る方法は、無い。
 しかし、僅かな手がかりから逆説的に言うならば、この路線を取り上げているサイトの多くが、例外なく北東北で一番撮り難い路線とあげているのだ。
 ならば、それはつまり列車本数の少なさであるとか、または、自然環境・軌道敷設状況の厳しさであるとか、そういった、いわゆる『美しいローカル線』を形作る数々のファクターを兼ね備えている事になるのではないだろうか。
 あまりにも皮肉な話しだが、利用客の少ない路線ほどローカル線を撮る鉄道趣味人には魅力が溢れていると言っても過言ではない。
 『こんな所に駅があるなんて凄いよねぇ~』などと能天気に言ったところで、鉄道企業としては無駄な課税対象とみなされかねない訳であって・・・・
 奇跡のように今も列車の走るこの路線は、すなわち、宝石箱の中で燦然と輝く宝石に混じって輝く石の一つなのではないだろうか。
 様々な事情を過去に持つ駅は多いが、この駅とて例外ではなかった。
 かつては引込み線を備えた立派なスイッチバック構造だったようだ。
 でも、その栄華を今に伝える物は殆ど残っていない。
 残っていないどころか、周囲はすっかり自然に返ってしまっている。
 つまり、人が入ってくる前の環境に戻っているに等しい訳だ。
 自然の持つ回復力の凄さをこんなところでも実感してしまっているのだが、だからこそこの軌道に輝きがあるうちに一枚でも多くの『歴史の断片』を未来へ遺したいと多くの人が思うのでしょうね。
 かつての押角がどれ程だったかは江上ヒデキ氏のサイトをご覧になると良くお分かりになるかと思う。
 もはや驚愕級のスケールであった事が良く分かる。

 正直、この路線の記録に取り組む数多くの真面目なサイトオーナー様方に申し訳ないと思う故、単なる歴史の傍観者であらんとする自分の姿勢でここへ足を踏み入れるのを躊躇っていた部分がある。
 でも、色んな事情と偶然が重なって始めて、この路線の扉を私は叩いてしまったのかもしれない。

 泥沼へようこそ!

 そう、一言だけ返信を返してきたローカル線仲間のメールが頭にこびりついて残っている。
 もしかして、自分は引き返せないところまで、来てしまったのかも知れない・・・・・

投稿者 風来坊 : 05:45 | コメント (6) | トラックバック