2008年04月26日

こっちも、あらら・・・・

 新潟支社の粋な計らいと言うのでしょうか。
 C57磐越物語号の先頭。貴婦人に装着されていたマークが取り払われた姿で今年のばんえつ物語は幕を開けたはずでした。
 5月11日まではマークなしで、しかも昨年好評だった門デフの姿のはずでした。

 ところが・・・・

 なんとかGWに休みを取る算段をしていたのですが、その一環で各方面の情報を拾っていたらですね、なんと、あろう事か、当てにしていたばんえつ物語号が通産50万人目のお客様っちゅう事で急遽マーク装着なんだそうです。
 この鉄橋で待ち構える算段だったのですがねぇ・・・・・・ orz

 なんとなく消失感・喪失感に包まれながら、嘆きの竜ですですよ。ほんとに。

 軽い気持ちでチラ見した新日本海フェリーの予定表。
 結構空席が目立ってます。
 目標どおり休みが取れたらフェリーで北海道いっちまうかなぁ・・・・・

 ついてません。

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2008年01月15日

旅の記録

 先日開催した新年会オフの帰り道で一枚。
 会津若松駅の3番4番ホームでカラーリングの違うキハ40が並びました。
 それ自体が別段どうと言う光景じゃないはずですけど、近い将来キハ100系列に切り替わったら同じカラーリングかな?と、思った訳です。

 地域色といわれるカラーリングってそう考えると結構重要ですよね。

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2007年12月14日

国鉄の残照

19-12-14-01.jpg

 昨夜のエントリが望外に好評だったので、調子に乗ってもう一枚。
 まだ、会津若松の駅が突っ込み式の行き止まりで無かった頃、手前のあいづが停車しているホームには立ち食いそばがあったように思う。
 それと、2番3番ホームにも立ち食いそばがあり、小さいながらもKIOSKが有った筈だ。

 それだけじゃない。

 水道とか水飲み台とか、あと、記憶が正しければ古ぼけた待合室と、そして、幾つも並んだ自動販売機の列と駅弁屋の屋台があったように思う。
 それらの要素はすべて、そう、まさにすべて、全部が国鉄時代そのものなんじゃないだろうか。
 例え列車の姿形をまねたリバイバルが走ったとしても、駅のホームにやってきたときに決定的な違いが出てしまう。
 抑揚の無い独特の節回しで『べんとー』と呼び声を上げる駅弁屋。
 ダシの匂いをぷ~んと漂わせ、あの湯気の匂いと変に油っぽいテンプラの匂いがする立ち食いそば屋。
 ガムと飴と新聞とアンパンとポケットティッシュで430円・・・・
 まるで電卓が頭に入っていたかのように計算の素早かったKIOSKのおばさまがた。

 まだティーンエイジャーとか言う小僧だった時代。
 金が無いもんで駅そばに行き、コップに3杯も4杯も水を飲んでから天かす増量のタヌキうどんを啜って、小さな缶ジュース片手に普通列車へと乗り込んだ頃。
 あの頃に見た特急色は輝いていた。

 この一枚を撮ったのは平成16年1月12日午後2時46分22秒です。
 現状、国鉄色編成の数から考えて、このシーンですら再現は困難かもしれません。

 一期一会の旅を随分としたつもりですが、まだまだこれからも繰り返す事になりそうですね。
 ここしばらく色んな事が一偏にあり過ぎて凹んでましたけど、落ち込んでばかりも居られそうに無い予感です。

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2007年12月13日

古き良き時代 当たり前だった時代

 会津若松構内に2本の国鉄特急色編成が鎮座。
 古き良き時代と言われる国鉄時代にタイムスリップしたかのような・・・・(笑)

 な~んて事は無くて、要するに偶然の産物で臨時列車が2本入った訳ですが。
 それでもまぁ、遠い昔を思い出すには良い光景かな?と。
 まだED77が磐越西線を闊歩していた頃は、こんな光景が見られたような気がします。

 まぁ、春の夜の夢の如し。ですな。

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2007年10月08日

1013解体・・・・


 XGA壁紙サイズになってます

 いつも斜め読みしている北モセさんところの板で1013解体のニュースを読んだ。
 いつかはその重責を解かれるものだし、それに、使い道が無いのにいつまでも骸を晒すのは哀れと言うものだろう。
 でも、やはり、身を切られるような寂しさとか侘しさといった物は、やはりこの胸に去来する訳です。

 DD51型ディーゼル機関車 1013号車
 1973年2月7日 五稜郭機関区に新製配置 日立製
 1998年 五稜郭区より東新潟区へ転入
 2006年 廃車

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2007年09月19日

ばんえつ物語の旅路


 今週末は磐越西線で旧型客車によるSLイベントだそうですが・・・・
 お彼岸営業でばっちり仕事です(ToT)
 なんか非常に悔しいので、ばんえつ物語に乗ったときの画像でも(笑)
 この手の列車に乗るのは、実は初めてなんですよ。
 蒸気列車自体、乗車といえば大井川か只見のイベント位です。
 それ以外は乗った事がありませんでした。
 だから、割と新鮮な驚きに満ちていますね。
 力行してる時のビート感とかも面白いです。

 そして、初めて気が付いたのですけど、新津~新潟ってかなり飛ばしますね。
 音だけ聞いてると75km/hは軽く出ています。
 高速旅客機として生を受けたC57ですから、アレくらいで走ってあげると機関車冥利に尽きるのではないですかね(笑)

 さて、そろそろばんものストーカーさん達も飽きてきてらっしゃるようなので、そろそろ夜汽車狙いで行きたいところですねぇ( ̄▽ ̄)ナハハ

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2007年09月09日

そして併走

H19-09-09-01.jpg

 こんなに楽しいとは思いませんでした♪
 車内で買える生ビール
 そして楽しい車窓
 これもやはりイベント列車ですね

 超楽しいです♪
 しかしまぁ、収差の酷いレンズですよね、ほんとに(笑)

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2007年09月08日

会津若松駅 悲喜こもごも

 先日の会津詣ででは行きも帰りも共に列車で移動したのですが、ひょんな事から帰り道にC57ばんえつ物語号へと乗車する事になりました。
 そして、これまた後から気が付いたんですが、当日は455系あかべいのさよなら運転だったんですね(笑)
 磐越西線でさよならとかのイベントのときには、もはや定番となってる併走運転が見られます。
 沿線は相当構えていた模様なんですが・・・・(笑)

 とりあえず中線に会津編成を入れた3本並びを結集したヲタ軍団が激写です。
 それに混じってちょい撮り(笑)
 よく見るとあかべいのイラストが涙流してたりして、細かいところまで芸が行き届いています(爆)

 素晴らしい青空のイベントとあって沿線は相当凄い事になったんじゃないでしょうか。
 C57の沿線にはあまり鉄がいませんでしたので、電化側に相当流れたと思います。
 ここのイベントも段々と板についてきたな・・・・
 ふとそんな事を思い、道中一緒だったMINE氏、まりも氏と笑った物です。

 ふと気が付けば既に30代を折り返した3人組。
 かつてこの駅に出入りしていた機関車とか客車とか貨車とか、そんな懐かしい光景を思い浮かべながらの会津若松駅でした。

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2007年04月23日

個性


 磐越西線のDD51を語る上で外せない車といえば756号機でしょうね。
 ご覧の通り、キャブのひさしが延長された、不思議な形態の車でした。
 この写真の撮影日は平成12年8月1日。
 津川駅でC57-180とD51-498が交換した日です。

 これを撮った日は日帰りで出撃していました。
 早朝より茹だるような暑さだったのを昨日の事の様に思い出します。
 山都駅を挟んで前後にガツガツと撮影した後、涼を求めて向かったのが広田駅でした。
 駅本屋の待合室で涼みながら、DD51のエンジン音を聞いてアイスを食べていましたね。

 もう、随分昔に話しになってしまったな・・・・
 ふと気が付けば7年前ですか。
 あの頃は若かった(笑)

 小さなデジカメで攻めの撮影!とか意気込んで撮ってましたけど、今更見返すと恥しいですね。
 もっと良い写真を撮れたはずなんですがねぇ・・・・・・

 気合と根性はこの頃から全く持ち合わせなくなっていました(^-^;

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2007年03月25日

奇跡の光景 -その6


 青ワムの迂回も貼っておきましょうか。
 何となく既視感の強かったワム輸送。
 ある日、さる人物に指摘されて気がつきました。
 あぁ、チップ輸送だったか・・・・と。(笑)

 北海道の有名なチップ輸送もワムハチ改造の専用貨車ですからね。
 真横を通過して行くときの2軸貨車特有なジョイント音は聞いていて楽しかったです。

 しかしまぁ、この列車が走る理由ともなった地震の影響でしょうか。
 しばらくはあちこちで土砂崩れだの路盤の緩みだのといった話を聞きました。
 なんか嫌だよなぁと思っていたら今日は能登で震度6強です。

 いやはや・・・・
 罹災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

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2007年03月24日

奇跡の光景 -その5


 C57ばんえつ物語を撮る上で定番アングルの一つ(らしい)東下条正面俯瞰。
 普段のセメント輸送ではまず撮れないアングルだけに構えてみました。
 この時は蒸気系に強い酒呑童子師匠が一緒に居たので色々とアングルを教えてもらったんですが・・・・
 だって、ふだんこんな場所じゃDD撮らないし、そもそも撮れないし(笑)

 なんとも退屈なアングルでもう少しひねるべきでした。
 もっと広角にするとか、もっとアップにするとか。

 行きました/撮りました/以上。

 そんな撮影からは何も生まれないと言う良い見本ですね。
 今更ですが・・・・
 トホホ・・・・

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2007年03月23日

奇跡の光景 -その4


 豊美と日出谷の間、実川の鉄橋は昔から気になる場所のひとつでした。
 ありとあらゆる方向から撮れるよ……
 そんな話を聞くに付け、良い画を撮りたいと願った物でした。

 そして、この時も日出谷の俯瞰をするべく定番へとアタックを試みました。
 でも……案の定、道がね……(^^;

 除雪されていない道には足跡が延々と続いていました。
 きっとアタックした人が居るんでしょうね。
 定番の場所まで推定で所要時間2時間でしょうか。
 とてもじゃないけど・・・・

 連日、磐越西線のエントリを続けていたら悔しい記憶ばかりが蘇って来ます。
 ダメダメの証拠ですねぇ・・・・ orz

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2007年03月22日

奇跡の光景 -その3


 セメント物語を追っかけながらR49を走った日。
 ちょっとペースが遅くて三川の鉄橋を渡る列車の先頭が見えました。
 走りながら窓を開けて適当に連写した一枚です。
 こんな時もデジタルだと気前良く撮れますね(笑)

 普段のセメント輸送ではどんなに頑張っても撮れない場所です。
 セメント物語と撮っている時は、最低でも上野尻より西側エリアで3発と言うのを念頭に置いてました。
 早朝走っていた定期ですと日の出が早い季節でも撮り難いエリアを重点撮影した形です。

 もっと通いたかったんですが、2月に入って土砂崩れが起きましてねぇ・・・・
 神のいたずらでしょうか・・・・

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2007年03月21日

奇跡の光景 -その2

 前日のエントリの続きといって良いと思います。
 ここも「もし叶う物ならもう一度!」と思い続けていた場所でした。

 ここでDD51を撮りたい。
 日中にDD51を撮りたい。
 できる物なら飾らない姿で撮りたい。

 その夢が叶いました。
 10年の月日を要しましたが、それでも夢を達せました。
 あの頃と比べ、ちょっと体重が増えて、ついでに撮影の小技も増えて。
 そして、感剤がフィルムからデジタルへと切り替わりました。

 でも、この風景は変わりませんでした。
 シャッターを切りながら、涙が流れて流れて困りました。
 そして、車に戻りエンジンを掛けて走り出しても尚、涙が出ていました。
 泣きじゃくって撮影したのは後にも先にも、きっとここだけでしょうね。

 果たせなかった夢を達した日。
 でも、悲しいかな。
 人には欲があるのです。

 今度はもっと条件の良い日に・・・・
 今度のハードルは高そうです・・・・

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2007年03月20日

奇跡の光景

 生涯忘れないであろう日の位置の一日や二日位、誰にだってあると思う。
 私にとって生涯忘れえぬ日となったのは95年11月27日。
 磐越西線のエントリーでこの日付を言って「あぁ・・・・」と応えてくれる人は・・・・
 きっとあの前夜のお祭り騒ぎを覚えている人じゃないでしょうか・・・・

 11月の25日26日の週末。
 その土日で磐越西線にさよなら客車列車のイベントとして旧型客車が走りました。
 土曜日は仕事の関係で出撃を断念し、日曜日月曜日と撮影に行ったのです。
 月曜日の236列車も仕事の関係で撮影が叶わず、私にとって磐越西線最後の客車列車は11月27日の223列車でした。

 そして、その列車をここで見送ったのです。

 SLばんえつ物語号など夢のまた夢の時代。
 でも、私には普通客車列車があることが幸せでした。
 旧型客車には間に合わなかった世代ですから、50系客車が私の知る普通客車列車でした。
 なにより
 この美しい磐越西線の風景が最高でした。

 この舞台から50系が消える。
 ここであの列車を見送ってから、次の年の9月までどこへも撮りに行こうと思わなかった位でした。


 セメント物語号が走ると知った日。
 ここでもう一度、日中に「イベントではない」DD51を撮れると思いつき、小躍りして喜んだものです。
 またここでDD51を撮りたい。
 今度はイベントでも良いから撮りたい。
 日中に撮りたい。

 あぁ・・・・
 困った。
 

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2007年03月19日

青更新がやってきた!!YA!YA!YA!

 鷲別から一輌借りて来るんだって。
 まさかエンジン更新は来るはず無いだろうけどさぁ・・・・・

 そんな話でDD仲間と盛り上がった遠い夜。
 発送手配が完了したDDは果たして青更新だった。
 その第一報を聞いた時は膝から力が抜けましたね、ほんとに。

 で、新潟到着が確か1月の9日だかで、それからアレコレ手続きして運用に入るのは13日分からのはず・・・・
 ならば先手必勝とばかり、1月の11日運転分のセメント物語を狙いに行きました。
 折りしも優勢に発達したシベリア寒気団付き低気圧にやられ、猛烈な吹雪になった夜のことです。
 いつものように東北道を矢板で降りて、R121を走って会津へと入ったのですが、途中の田島界隈で既に積雪は70cmを越えていました。
 全く除雪のされていない道をFRハイエースのケツを振り回しながら辿り着いた先は日出谷の定番大カーブ。
 行きがけの駄賃で喜多方バルブをした後ですから眠い事眠い事。
 カーブの外に立てばその眠気も吹き飛ぶほどの寒さだったのを、昨日の事のように思い出します。

 そして、何度も時間を確認しつつ踏み切りの鳴動を待ったあの日。
 思い出したように歌い始める踏切の警報音に混じって聞きなれたDML61のサウンドが吹雪の向こうから聞こえてきました。
 よし!
 ファインダーにヘッドライトが踊り、林の向こう側から飛び出してきたのは・・・・・・
 半ば呆然としつつ機械的にピントを合わせてシャッターを切り続けましたが、撮影ごはもう笑うしか無い状態でした。

 それも乾いた笑いですね。
 アハハハハ・・・・・


 どうせだからもう一枚。
 その夜は半ば義務感に駆られて山都へと行ってます。
 ホームに降り積もった雪を蹴散らして構えた先。
 顔を現した1166号機。確か20:11だったかなぁ。
 道内であればハズレ釜!とか言うところですが、キハ100と並ぶ光景は貴重だ!と自らを鼓舞し撮影。
 今になって振り返ればまさに良い記録になったと思います。

 いつもは道内の身を切るような寒気とさらさらのアスピリンスノーを蹴散らして走る1166。
 内地の雪はさぞや重かったことでしょう。そして、たかだか氷点下5度やそこらの生ぬるい寒さも調子が狂ったんじゃないでしょうか。

 それでも青ワム迂回終了まで新潟と会津の間を走ってくれました。
 なんどバルブ撮影を行ったかわからない程に回数の有る山都駅。

 ここでもう一度
 DD51をバルブ撮影する日が来るんでしょうか・・・・・
 神に祈りましょうか・・・・

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2007年03月18日

迂回ワム


 近年の磐越西線DD51を語る上で外せないのは、中越震災で設定された迂回列車のワムでしょう。
 上越線を走破する青ワムの大群が編成を短くした上で磐越西線を迂回運転する措置がとられていました。
 これの情報を最初に聞いた時は、それこそテポドン級に驚いた物です。

 上越線を走る列車は33輌だったそうですが、磐越西線の迂回は14輌でした。
 一説にはもう一往復設定する筈だったとかどうとか聞きますが、こっちは眉唾でしょうね。
 ただ、鷲別からわざわざ1輌借りてますので、あながち嘘とも言い切れない部分もあるかと・・・・

 このカットは平成17年1月11日に撮影しています。
 もはや、会津でDD51の定期列車を見ることはかなわないんでしょうねぇ・・・・

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2007年03月17日

会津若松構内にて

 かつて、この駅の構内はいたる所に赤い機関車が居た。
 パンタを乗せる車と紫煙を噴き上げる車。
 その両方が過去帳入りしてしまった。
 かつてこの駅の構内でそれを撮った事の有る人間にとって、セメント物語運転時のこのシーンは・・・・
 それだけで涙を流すほどのインパクトがあった。

 この構内に2両のDD51が居る。
 その事実がそこに居るだけで幸せだった・・・・

 上:平成17年1月25日 下:平成17年1月27日

投稿者 風来坊 : 22:17 | コメント (0) | トラックバック

2007年03月16日

セメント輸送終了

 会津地域の高規格道路建設に伴って輸送量が激増していた磐越西線のセメント輸送。
 最盛期は郡山~会津若松をDD51x2で輸送してました。
 そのセメント輸送が終ると言う話を最初に聞いたのは、手元の資料が正しければ平成14年の夏でした。

 たまたまセメント業界に在籍していた鉄友達からのこっそり情報で、北九州のセメント輸送が終ると情報を貰った頃。
 会津系に強い人物へこれまたこっそり話を振ったら、お礼に帰ってきたのが会津のセメント終了の話でした。

 その後、のらりくらりと輸送が続き、次にやばいやばいと大盛り上がりしたのは平成17年の秋。
 意地になってギラリ狙いを繰り返し、1ヶ月で9日ほど撮影した過去最高頻度の出撃でした(笑)

 その後、例の新潟震災の影響で迂回ワムが設定され、日中に走る事になったセメント輸送。
 誰が読んだか、その名もセメント物語。C57ばんえつ号と同じようなダイヤでした。
 これも随分通いました。
 ネタがネタだけにあまりおおっぴらに行くのも憚られる雰囲気だったのは・・・・
 まぁ、そう言うものなのでしょうね。
 会津若松構内に2両のDD51が居ると言うのも楽しい物でした。

 語り始めると翌朝まで軽くしゃべり続けられるだけの思い出があります。
 地元相模線のセメント輸送。
 長らくホームにしていた八高線のセメント輸送。
 そして、我が心の会津と呼ぶに至るだけの回数を重ねた磐越西線のセメント輸送。
 独特のタキやホキを連ねた貨物列車の先頭には、いつもこの赤い機関車が居ました。

 改めて磐越西線のセメント輸送列車画像を整理しながら、画像一つ一つの撮影を思い出すとき。
 不覚にも涙する自分に気が付きます。
 もっと撮れた筈だ。

 どんな路線が廃止になるより辛い出来事。
 櫛の歯が欠けていくように火を落としていったSLを追い掛け回した先人の気持ちが、今ようやく分かった気がします・・・・

 こんな夜の酒は・・・・
 苦いですよね・・・・

 足掛け20年の撮影でした。
 心からの感謝を込めて。

 どうもありがとう。

 そして、新潟に居る6両のDD51へ。
 まだ火を落とさないで下さい。
 きっとまたどこかで
 彼らの雄姿を見る日まで

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2007年01月11日

鉄はじめ … 今年の新作第一号

19-01-11-01.jpg
19-01-11-02.jpg 今更ですが、今年最初の一枚は上のカットでした。
 昨年末に導入した新レンズをシェイクダウンした訳ですが、いやいや、噂に違わぬ使い勝手で便利ですね。
 今年も一年、この赤い機関車を追いかけて日本中旅するんだろうなぁ…
 ふと、そんな事を思いながらアングルを作っていました。

 現状、この機関車を取り巻く環境は決して安泰とはいえません。
 北の大地を除いて、もはや仕事の無い環境になりつつある…
 どんなに贔屓目に見たって、それは紛れも無い現状でしょう。
 この駅にやってくる貨物列車とて例外ではなく、巷の無責任な噂が真実であれば、この駅構内を彩る桜が咲く頃には、既に歴史の1ページになっている筈です。

 また、北の大地では平成19年度にも再び新鋭が4輌増備されると発表されています。
 幹線を疾走する重量列車だけでなく、支線系統への進出が始まりつつある赤熊の活躍は、それ自体がこの愛しい赤文鎮の終焉を意味しています。

 残された時間は僅かです。
 一枚でも多く、世に残してあげたいその勇士。
 仕事を失い、たまに発生するイベントだけ本線に出てくるような、隠居した年寄り扱いをされる姿など…

 私は見たくはありませんから。

19-01-11-03.jpg

投稿者 風来坊 : 23:35 | コメント (0) | トラックバック

2006年08月14日

新系列気動車の世代交代

18-08-14-01.jpg

 先日の会津行きの際
 現地で新系列気動車の置き換えに関する話題で盛り上がった
 新型の環境負荷が小さいディーゼルエンジンを積んだ車両や
 噂になっているハイブリットの話題である

 ここ磐越西線のキハ100系列も
 噂の新型が登場すると動きがありそうな気もするしなぁ…

 登場以来早くも10年が経過しようとしているキハ100グループ
 地方路線のダイヤ改善に大きく寄与する筈でしたが…

 このグループだけで貫通8連とか編成したてて
 地方路線を軽快にぶっ飛ばす姿を見たかったなぁ…

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2005年05月04日

尾登にて

 磐越西線の桜シリーズ、2枚目は尾登です
 ここはホームではないところに桜の木があります、かなり撮りにくい場所ですね
 停留場じゃないのか?と思えるほどのシンプルな駅です、実際、駅周辺の人口も僅かです
 ここの桜の特徴は色の偏った彼岸桜と言うことでしょうか
 ソメイヨシノと違って花が小さい上に白っぽいので撮りにくいですね
 水仙などの季節の小物も多いので楽しいのですが、やはり撮りにくさは如何ともし難いです

 05-01-02.jpg

 ここの駅で桜バックでDDを撮りたかったなぁ…

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2005年05月02日

雨と桜

 磐越西線非電化区間で一番の桜といえば徳沢では無いだろうか
 津川の桜は既に切られてしまったが、それでも線路と桜の間には決して小さくは無い隔たりがあった

 この区間を走る列車で一番レンズを向けるのはDDの牽引する貨物列車なのだが、桜の咲く次期がGWと被ると列車はウヤになってしまう
 なかなか撮りにくい桜なので、あえて普通列車で狙ってみた、新潟色の気動車を始めて狙って撮った瞬間だった

 05-01-01.jpg

 なかなか良い雰囲気なんだけどなぁ…
 やはりなんか物足りない、食い足りない
 赤い機関車を撮りたい(ToT)

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2005年01月16日

雪原越えて

 大雪でダイヤが麻痺してしまうと撮影は一気に困難になる
 ダイヤがなければ次の列車も読めないからだ

 無線をワッチしながら次の列車を読めればいいのだが、あいにく無線も聞けない環境だ
 そんな時は一点集中しか手がない
 待てど暮らせど来ない列車をただひたすら待つしかない

 そして時には良い光景を撮れることもある
15-01.jpg
 雪煙を巻き上げてキハは駆け抜けていった

投稿者 風来坊 : 18:46 | コメント (0)