2007年09月13日
じつはこっちも?!
昨日の話しのある意味続きでも有りますが・・・・
実はこっちの鉄道も潜在的にヤバイのだそうです。
と言うのも、新幹線青森延伸と同時に盛岡以北のローカル線を全部切り捨てる可能性が取りざたされているそうです。
いや、まぁ、言うなればそれ自体は今更驚く事でもないし、それに、目的を完遂したのなら廃止も致し方ないと思います。
でも、なんか単なる政治決着的な筋の通し方で、数字の帳尻合わせの為に廃止にされるのはたまったもんじゃないなぁとか思ってみたり。
絶望的に苦しい山田線・岩泉線・釜石線の崖っぷち3兄弟がまとめて三陸鉄道に尻を向けたら・・・・
どうなってしまうのでしょうね・・・・ orz
投稿者 風来坊 : 23:42 | コメント (2) | トラックバック
2007年09月06日
新たな挑戦は続く … 三陸鉄道
朝方、岩手開発鉄道を撮るべく盛駅で構えていると、イヤでも目に入ってくるのはこの三陸鉄道です。
経営不振が続く第3セクター鉄道において、数少ない堅調経営と伝えられていますが、実際のところは門外漢な私には判断が付きません。
それでも三陸鉄道のサイトにある経営情報をみれば、鉄道事業自体は1億2千万円ちょいの赤字である事がわかります。
それだけの赤字を出してまで鉄道経営に情熱を燃やさせるその原動力は一体なんであるか。
沿線を車で走っていても、その理由はなかなか思いつきません。
でも、リアス式海岸の入り江毎に小さな集落が点在する生活の困難な地域の時代から、その小さな集落を結ぶ交通機関を欲していたその余熱みたいなものがチラホラと見え隠れしています。
津波に怯え、ヤマセに怯え、県都盛岡へは困難な峠越えを強いられ、地域最大の都市都ですら、船が入らないと生活物資が困窮する事もあった地域。
そこへ差し込んだ一条の光とも言うべき三陸を縦貫する鉄道の存在は、困難な時代を知るものにすれば何物にも替え難い命綱だったのでしょうね。
沿線では三陸縦貫自動車道の建設推進を求める看板がかなりの数で見られます。
昭和の時代は鉄道に、現代は道路網に。
地域の夢を託す存在は建設途上でした。
この鉄路はあと何年持つのでしょうか。
減り続ける乗客数のそのペースがさらに加速していると囁かれています。
このけたたましい色に塗られた車両を、ぼちぼちと記録していければなぁ・・・・
そんな風に思って、新たなカテゴリーを追加します。
三陸鉄道辺、過剰なご期待はされませんように(笑)