2008年04月19日
おっと、忘れ物
こっちもBlogに使おうと思ってた一枚です。
すっかり忘れていました(笑)
会津から桜の便りが届いています。
今月頭は色々と会津に逆縁の深い長州石見界隈をウロウロし、今月後半はその会津へ行こうとしてるんですからまぁ、節操が無いとか裏切り者とか色々言われるわけですが・・・・( ̄▽ ̄)ナハハ
かつて、維新100年を記念した和太鼓の大会が山口市で行われたそうですけど、その席へ会津陣太鼓のメンバーが招待されたそうです。
勿論言うまでも無く、また、にべも無く断わられたそうです。
会津っぽの心意気とか言いますが、時と場合によっては柔軟な対応をしないと国ごと空襲で焼き払われる経験してますからね、我が国の場合(笑)
山口市の当時の市長が訪問したら会津盆地に一歩も足を踏み入れる事無く門前払いされ、こんどは特使として山口県知事が行ったら、福島県知事と福島県庁舎で会う事になり会津関係者は顔も出してくれず、なんともまぁ冷たい対応だったとか言うそうで・・・・・とうの会津市民からも色々と話があったそうです。
維新以来150年も経ってない訳で、おじいさんのおじいさん辺りだとリアルに維新の世代。
維新と言うより戊辰戦争の世代なんですよ、実際まだまだね。
ちょっと前の話しですが、山口在住の方と話をしているときに、こっちでは会津の事を特段意識する事は無いと仰ってました。
実際、そんなもんなんだと思いますし、ついでに、今現在のリアル会津っぽだって、まぁ多少は意識する事が有っても、それこそ親の敵云々の時代じゃないはず。
だんだんとそう言う部分が消えて言って、溶け合って混ざり合って、そして、やがて歴史の1ページになるんでしょうな。
で、前述の太鼓の話し。
文字通り三顧の礼となった3度目の訪問では、市長と知事と大会委員長が揃っての招待ではなく要請になったそうです。で、三度も来て断わったのでは相手のメンツもありますし会津っぽの深情け精神に反するっちゅう事で招待を受理したんだそうですよ。例の会津陣太鼓のメンバー各位。
ここぞとばかりの正装で会場となった維新100年記念講演の舞台へ『會』の旗を立てたんだそうですが、色々とサイドストーリーはあるでしょうけど、でも、良い話ですよね。
なんせ、どこかの国と違って装甲車と実弾で武力制圧して知らん顔とかじゃないんですから(笑)
薄暗い青原の駅で列車を眺めながら、ふと、そんな血腥い歴史の有る二つの舞台で同じキハ40を撮ってる不思議さを感じてました。
同じ桜が咲いて、同じ列車が走って、同じ言葉で同じ通貨で同じ人種ですよ。
「変わらなきゃ」も「変わらなきゃ」
まだまだ引きずる人も多いでしょうけど、でも、ね・・・・
投稿者 風来坊 : 2008年04月19日 23:43
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