2008年03月12日
少しずつ・・・・
ふと眼をやったニュースサイトのヘッドラインに銀河線の文字が浮かんでいた。
ttp://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20080311ddlk01020357000c.html
北見市のエリアに残っていた銀河線の廃レールを枕木を旭川の業者が買ったそうだ。
一般に枕木は栗の樹が使われるそうで、クレオソートで防腐処理された枕木はガーデニングの材料として格好の素材だったりする。
ついでに言えば、レールもまた非常に高品質な鉄が惜しみなく使われていて、昨今のくず鉄相場を見れば割安で買ったと言っても良いのかもしれない。
あれからもうすぐ3年が経とうとしている。
あの時、見て聞いて感じた理不尽さと無力さに貫かれる痛惜の念は忘れがたいものだ。
どれ程個人が努力したところで、社会全体の流れに抗う事など土台無理な話し。
ただ、成すがままに成されるがままに、川の流れに乗るしかない事を嘆いていた。
あの思いが蘇りつつある。
秋田の縦貫線が夏までに結論を出すと言うことで、言うまでも無く廃止へ転がり始めた。
何せ県知事が先頭に立っての廃止先導である。
これもまた逆らえぬかも知れぬ。
・・・・どこの自治体だって同じだろう。
第二の夕張市にはなりたくないはずだ。
夕張の場合は最初にカミングアウトした分を差し引いたとしても、幸いにして全国から様々な形で支援の手が差し伸べられている。
しかし、これには二匹目のドジョウを期待してはならない部分があろうかと思う。
便乗・同情・どさくさ・無責任。
何を言われるか分かったもんじゃないし、支援してくれるとは限らない。
ならば、傷が浅いうちに切れる腫瘍は切り落とすべきと判断したのかもしれない。
自治体のトップとして予算管理と将来への展望を考える要職ならば、時には非常な決断も要求されると言うもの。
鉄道趣味人には到底受け入れがたい話しでもあるのだろうが、鉄道は所詮手段であって、それ以上ではないしそれ以下でもない。
大量高速輸送機関としての特性を発揮できなければ、鉄道と言う手段を使い続けるには必然性が乏しいのだろう。
その辺の冷静な判断を鈍らせるからこそ、鉄道企業の一定以上の要職には鉄道趣味人を排す傾向があるときく。
冷静な経営判断が趣味的視点によって阻害される事を恐れているのだとか。
秋田県知事が思い描いた未来像の中に鉄道を排した姿がどう出来上がってるのか。
批判や誹謗といった子供じみた事ではなく、純粋に納税者の立場として聞いてみたい気がします。
少しずつ・・・・
そう、少しずつですが、夜の中は確実に変わっていますね。
未来は変わってしまいます。
でも、過去はもうこれ以上変えられません。
広郷のホームへ進入する画像を見ていたら、過去をしっかり記録する事の重要性を改めて痛感しました。
投稿者 風来坊 : 2008年03月12日 23:50
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コメント
公共事業とて無制限に赤字でも良いと言う事は無い筈ですよね。
公共事業の赤字に注ぎ込まれるのは他でもない我々の血税ですから(笑)
かつて鉄道が華やかだった時代と言うのは、裏を返せば道路網が貧弱だった時代でもあるはず。
税金の使い道が万民に公平なんて物はただの画餅ですから、無駄に噛み付くのもまた無駄と言うものでしょうけどね。
なんか最近の世論と言うか論調を見ていると、まぁ色々な見方があるのは承知の上ですけど、木を見て森を見失ってる論議が本当に多いなぁと(笑)
まぁ、ぶっちゃけて言っちゃいたい事も多々ありますが、それを言わないでおくってのも、世の中じゃ大人の対応って言うんでしょうね。
なんだかなぁ・・・・
地方鉄道の廃線がつづきますよね。
秋田内陸も協議とはなっていますが、ほぼ間違えなく廃線の道を選ぶことでしょう。
しかも部分廃線もいわれていますが、今までの例からいって多分全線廃線。
地方公共交通を残すためには国単位での支援がないと行き着かないのは確かですが、公共事業としてやるのか、あくまでも独立採算にするのか、ですね。
独立採算を選ぶ限り地方鉄道の廃線はこの後も続くことでしょうね。
投稿者 ぱれお : 2008年03月13日 08:08