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2007年12月14日
国鉄の残照

昨夜のエントリが望外に好評だったので、調子に乗ってもう一枚。
まだ、会津若松の駅が突っ込み式の行き止まりで無かった頃、手前のあいづが停車しているホームには立ち食いそばがあったように思う。
それと、2番3番ホームにも立ち食いそばがあり、小さいながらもKIOSKが有った筈だ。
それだけじゃない。
水道とか水飲み台とか、あと、記憶が正しければ古ぼけた待合室と、そして、幾つも並んだ自動販売機の列と駅弁屋の屋台があったように思う。
それらの要素はすべて、そう、まさにすべて、全部が国鉄時代そのものなんじゃないだろうか。
例え列車の姿形をまねたリバイバルが走ったとしても、駅のホームにやってきたときに決定的な違いが出てしまう。
抑揚の無い独特の節回しで『べんとー』と呼び声を上げる駅弁屋。
ダシの匂いをぷ~んと漂わせ、あの湯気の匂いと変に油っぽいテンプラの匂いがする立ち食いそば屋。
ガムと飴と新聞とアンパンとポケットティッシュで430円・・・・
まるで電卓が頭に入っていたかのように計算の素早かったKIOSKのおばさまがた。
まだティーンエイジャーとか言う小僧だった時代。
金が無いもんで駅そばに行き、コップに3杯も4杯も水を飲んでから天かす増量のタヌキうどんを啜って、小さな缶ジュース片手に普通列車へと乗り込んだ頃。
あの頃に見た特急色は輝いていた。
この一枚を撮ったのは平成16年1月12日午後2時46分22秒です。
現状、国鉄色編成の数から考えて、このシーンですら再現は困難かもしれません。
一期一会の旅を随分としたつもりですが、まだまだこれからも繰り返す事になりそうですね。
ここしばらく色んな事が一偏にあり過ぎて凹んでましたけど、落ち込んでばかりも居られそうに無い予感です。
投稿者 風来坊 : 2007年12月14日 23:07
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コメント
身不知柿さん おばんでした♪
2往復あったのは上野に入ってくる東北特急の残党総数じゃないでしょうか?
会津と共に共通編成のつばさが一往復だけ上野直通でしたね。
一回あの列車に乗ってみたかったんだよなぁ(笑)
雪の積もった軌道敷きを走る時はジョイント音が独特のこもった音なんですよね。
暑いくらいの車内で冷えた駅弁とビール。
至福のときですな( ̄▽ ̄)ナハハ
おばんです
特急「あいづ」、一度だけこれで上野まで乗ったことがあります。
里帰りして上の子を産んだカミさんと子供に会いに行った帰りですね。
まだ山形新幹線が開通していなかった頃ですから、一日二往復あったかと・・・?
記憶は定かではありません。
12月の初旬、若松駅で缶ビールと弁当を買い込み、猪苗代付近の風雪を眺めながらウルウルしてたような記憶があります。
月日が経つのは早いもんですね。
投稿者 身不知柿 : 2007年12月15日 22:18