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2007年11月07日

鉄道写真の可能性

 このエントリーはいつも読みに行っている鉄たまさんのBlogへトラバしています。
 あまりにも重く深いテーマで起されたエントリだったものですから、朝っぱらにも関わらずコメント書きした訳ですが・・・・。
 このエントリは本来あちらにコメントとして書くはずだったものです、それゆえ、鉄たまさんのエントリを読まないと意味がまったく通じないかと思います。しかしながら承前を前提に書きますので、どうかそのつもりでお読み頂けると幸いです。

 で、氏の経験された件ですが、実は私の場合は全く逆の経験がありまして、いわゆるシチサンで画面の90%を列車が占めるような写真を量産していた時代、道楽で写真を撮っていた親戚にアルバムを見せた事が有るんですけどね、もうけんもほろろに痛烈批判されまして(笑)
 東北に行っても九州に行っても、背景とか土地の景色とかを入れないと国鉄の電車はどれも同じ色でつまらないじゃないか、と。
 挙句に『年端の行かない子供が眺めてる「でんしゃのえほん」と変わらないね』と突き放されました。
 その時は本気で怒ったわけですが、あとから段々と世の中が見えて来る年になってくると、その一言が深い意味を持つんだって気が付きまして(笑)
 いわゆる『物の見方』って事にも大人と子供の見方・視点の違いって物があるんですよね、つまり。

 だから、出かけた先でその土地土地に根付いた車両なりカラーリングなりをその路線の特徴と一緒に写しこむ事は、すなわちその時代とか空気とか地域の事情も一緒に写しこむ事なんじゃないかと気が付いたわけです。
 多くの鉄が毛嫌いする人の入り込んだ写真だって、逆に言うと10年20年経ったらその時代のファッションが残っている訳で、そう気が付いたら車とか看板とか平気で入れるようになりました(笑)

 いわゆる『バリ鉄』と呼ばれる知人は私にも居ます。
 そんな人から同じように車両を云々といわれる事も有ります。
 だから、そんな時はいつもこう答えてます。

 「鉄道じゃなくて日本を撮ってるから良いんです、だって日本好きですから」って。

 自分の口からでたその一言で、自分を縛っていた鎖がフッと消え去ったのを、昨日の事のように思い出します。
 今でも撮影活動の根幹に位置付けているDD51の撮影は自らにライフワークと公言して憚りませんが、この写真を普段撮っているローカル線撮影の知人に見せるとまるで別人だと良く言われます。
 ローカル線撮影の肝は、周囲の景色景観に溶け込む車両をまるで空気のように映しこむ事と考えているわけです。でも、DD51の場合だけは『ナンバーが読めないと意味は無い』とか『出来る限り編成はケツまで映しこむ』とか、なんかその手の不思議な人たちと同じ撮り方をいまだにしています。
 良い悪いではなく、今を生きる現役機関車としてのDD51の、そのリアルに生きている姿を求めると、なんかそんな形の撮影が多くなってしまうんだろうなと自己分析しています。

 しかし、ローカルを撮る上で言える事は『遊び』そのものなんです。
 もっと自由に、もっと独創的に。
 そんな風に撮影の幅を広げられたローカル線の撮影と言う行為は、今では自分の中でDD51撮影と対を成す存在として位置するようになりました。
 鉄道写真の可能性を広げる存在としての自由さ。

 ここ10年くらい、事あるごとに言っている言葉だと思うんですが、例えばの話し、様々な被写体を趣味撮影するカメラマンが集まったとして、例えば飛行機とかレースカーとかオートバイとか、それだけじゃなくて風景とか星とか街頭のスナップだとか、そういったまったく畑違いの被写体を撮る人たちと写真の異種格闘技をしたとしたら・・・・
 あなたの写真はまったく畑違いの写真を撮る人たちに

 『おぉぉぉ・・・・』

 と言わせられるものがありますか?
 そんな話しをしていると思います。

 私の知る鉄道趣味の友人の間でそれをできる人を少なくとも6人知っています。
 いわゆる鉄チャン相手に驚かれるとか感嘆される人は10倍以上知っていますが、それこそそこらを歩いているごく普通の人相手に自信を持って写真を見せられる人って、逆に言うとそれくらいなんだと思います。

 自己表現としての鉄道写真。
 可能性としての鉄道写真。

 自由なイメージと純粋に写真としての美しさを追求する行為自体に価値を見出したい。
 それが私の考える鉄道写真の可能性です。
 

投稿者 風来坊 : 2007年11月07日 17:35

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コメント

遅ればせながらコメントを・・・

鉄たまさんのほうも拝見しましたが、どちらも正解であり、不正解であると思いますよ。
 鉄道写真がこうでなければいけないなんてそんな定義がある必要はないと思います。
 それぞれの考え方でそれぞれの撮り方で撮れば良いんじゃないでしょうか?
 みんながみんな同じ考えて撮るなんてそんな方が異常な気がします。
 だからおのおのが自分がこう撮りたいと思った撮り方で撮ればいいんですよ、その際に他人の撮り方を否定しないことが大事だと思います。
 自分と違った撮り方を見て、「こういう撮り方もあるんだなぁ」ということで。
 それが、自分が良いと思うなら自分の撮影に取り込むし、そうでもなかったら変化ないし。。
 個性が色々出るのは良い方向だと思いますよ。

投稿者 ぱれお : 2007年11月09日 07:58

 皆様コメントありがとうございます。
 このテーマに関して語りだすと、それこそ本を一冊書くくらいの覚悟で書かねばなりませんからね、適当な所で端折るとまた曲解の原因にもなりかねませんし(汗)

 本来なら個々レスを付けるべきなんですが、書き出すと100KB位書きそうなのでまとめレスで失礼します。

 自分の信じた道を行く事と世間一般が評価する対象とに乖離が見られるならば、そのどちらに真実があるのかを論議するのはただ時間を浪費するだけだと思います。
 でも、どんな物にだって定理や心理があるように、画面構成にだって黄金分割があるように、何かしらの道しるべはあると思うんですね。

 世間一般の素人さんと言うと表現は悪いですが、鉄道写真を撮らない普通の人に驚いて、そして喜んでもらえる写真を撮りたい。
 そんな風に最近思います。
 コメントありがとうございました。

投稿者 風来坊 [TypeKey Profile Page] : 2007年11月08日 20:13

鉄たまさまとふうらいぼさまのお気持ち拝見しまして本来の写真のあり方を再度見直す事が出来ました。私の場合も雑誌投稿をしていた時代はシチサンに拘り如何に編成をギッチリ入れ込むかに重きを置いていましたが、今となればそんなものは芸術性ゼロの記録写真に他ならないと気付き浪費した時間と金を悔やむばかりです。ヲタ写はその筋の人に任せて自分は自分なりの構図で撮ろう、こちらに集う方々の秀作を拝見し改めてそう感じた次第です。鉄道に興味の無い方に感動を呼び起こすような写真を撮りたいと常日頃思っているのですが遠い道程のようです。

投稿者 JZX81 [TypeKey Profile Page] : 2007年11月08日 09:28

おばんです

>鉄道写真の可能性
こんな熱い思いを持った方々が多数いらっしゃるのですから、明るいですよね!

思えば自分を写真趣味の世界へ招いていただいたのも皆さんのおかげです。
ドツボの世界へのご招待、ありがとうございました(笑)
でも素直に大事にしたいです、そんな時間とそんな思い。

投稿者 身不知柿 : 2007年11月08日 00:33

うーん、考え始めると重いですね。

シャッターを切る、という行為の数だけ写真が存在する。
その人の思いが写真になる。 そう言うことなんでしょうけど。

日本を撮る。 それいいですねぇ。
自分は宮城が好きなので宮城を写し込んでいきたいと願い、その想いでシャッターを切ってます。
私の意識は宮城であり、シチサン写真を撮る人の意識は車両に。
突き詰めていくとそれだけのことなんだとも思います。

お互いの写真ジャンルを否定せずに存在できればいいんだと思いますが…
人は人、我は我。

まぁそんなこと言ってられるのも、私が筋金入りの鉄ではないってことが一番の理由なんですけどね(汗)

投稿者 水無月 : 2007年11月07日 21:15

おばんです。
トラバありがとうございました。
まだトラバの貼り方がよくわかってない自分です・・・。

さて、自分のブログで「鉄道写真なら鉄道主体に撮れ!」といったお方の話。
ここまではおろか私のブログも見に来た事はほとんどないんで大丈夫かと思いますがこちらで。
その方はDD51ファン暦30年以上の筋金入りの先輩です。
今回も常紋の写真を沢山持ってきてました。
「見ろ!」というので拝見しましたが、まずはその保管方法。
A4バインダーに印刷した六切のプリント無造作に50枚くらい挟んできました。
「見てほしい」って言うかまさに「見ろ」って感じで・・。
みると常紋越えの最近の写真なんすが、毎日同じ場所ばかり・・。
枚数の割には鉄場所は3箇所くらい、モードラバリバリでパラパラマンガみたいな・・・・。
こういう人にいくら風景写真のよさを語っても無理なのだなと思いました。
ただ、一般の鉄にはこの人の写真の方がウケると思います。

写真は難しいです・・・。はい。

投稿者 鉄たま : 2007年11月07日 20:48

おばんです。
難しい事はよくわかりませんが(^^ゞ、なんとなく共感できます。今年はじめのある集まりで、僕の写真、全くうけませんでこんなもんかなぁって落ち込んでおりました。鉄たまさんといい、このエントリーといい少しふっきれたような気がします。

投稿者 酒呑童子@携帯 : 2007年11月07日 20:24

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