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2006年12月14日

今も昔も

bansai011b.jpg

 年年歳歳花相似
 歳歳年年人不同

 あまりにも有名な劉希夷の代悲白頭翁という漢詩の一節。

 どれ程年月が流れても花は同じように咲くのだが、
 人は年が流れていけば変わっていくものだ。

 すっかり頭の白くなった翁に代わって悲しむと言うお話ですよね。
 この漢詩、実は色々とドラマが多いそうで、私も以前調べものをしているときに偶々見つけたんですが、調べものをほっぽりだして一心不乱に読みふけった事があります。

 で、なんでこれを出してくるかと言うとですね。
 この写真の場所は今でも同じように撮影が出来る訳です。
 でも、この列車はもう永久に撮れません。

 ですから、定期列車をしっかり撮る合間に、ほんの息抜きでイベントを撮ってお祭りを楽しむなら、それは実に楽しいものでしょうけど、そうじゃなくて目を三角にして三桁速度で暴走するとか、閉まりかけた踏切を突破するとか、黄色のセンターラインで見通しの悪い場所なのに強引な追越するとか、そういったイベントのお祭りを履き違えると、大事なものを見過ごすんじゃないですか?って私は思うわけです。

 一笑に付してイベントへ出かけていく人は多いだろうし、こんな場末のBlogで毒を吐いたところで、気にもしないし鼻で笑って終わりの人のほうが多いのは良く分かっているんですけど・・・・
 でも、ここは私の遊び場、自己表現の場。
 もっと言えば、誰憚る事無く言いたい事を言える場ですから、あえて最近の鉄道趣味界に喧嘩を売るような事を書いてみます(笑)

 まず、追っかけをやめて線路端で5分考える癖を付けよう!
 そうすれば今より良い写真が撮れるかもしれない。

 今でも列車の通る鉄橋の上、今はもう撮れない定期列車のありきたりの車両。
 今は見られる車両も来年は見られないかもしれません。
 そして、突然、巨大台風や竜巻がやってきて、この鉄橋が流されてしまうかもしれません。

 年年歳歳花相似 歳歳年年人不同

投稿者 風来坊 : 2006年12月14日 20:34

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コメント

水無月さん おはようございます♪

 出先で喧嘩って嫌ですよね
 勝っても負けても嫌な物です

 以前、某所へSLの試運転を撮りに行ったときですが、出先で訳の分からん親父と大喧嘩して気分が悪くなり
 一枚も撮らずに温泉に入って帰ってきたことがあります

 喧嘩の原因がこっちにあるなら兎も角、意味不明の言葉を羅列して因縁付けてくるもんですからつい・・・・

 何か気に入らないことがあると、途端に腐ってみたり顔に出したりする困った人が多い業界ですよね
 みんな良い大人なはずなのになぁ

投稿者 ふうらいぼ : 2006年12月24日 10:08

どーもです。

>まず、追っかけをやめて線路端で5分考える癖を付けよう!
>そうすれば今より良い写真が撮れるかもしれない。

実は鉄になったばかりの時、非鉄な友人引き回して蒸機の追っかけしてました。
その時最後に友人に言われました。
「おまえさぁ、ただ撮るだけならいいけど『作品』撮るんならこういうのダメでない?」
最近少しだけ大人(おぢさん?)になったようで腰を下ろして撮ることにしています。
ワタシのようなあわてんぼさんは追っかけ向かないです。
どうしても「記念撮影」になってしまいますから。
他人と同じ写真をとってもつまんないし。

そういや釜石蒸機の時に場所取りが原因での取っ組み合いを見たことがありました。すんごく嫌でその場を逃げました。
同じ趣味同士なのに悲しかったです。。。

投稿者 水無月 [TypeKey Profile Page] : 2006年12月19日 10:00

まいどです♪

 最近ちまたで大流行なノロウィルスに感染したらしく、お腹超特急で2キロ痩せました(笑)
 これ、新しいダイエット方にならねぇかなぁ・・・・

 まぁ、それは良いとしてですね、なんか反響があって嬉しい限りなんですが、考えてることは一緒だなぁというのもまた事実でして。

>佐倉のお師匠様

 住宅化が押し寄せて消滅も辛いですが、集落が消滅し連絡道路が原野に還って(以下略
 生きている鉄路の姿を記録事こそ次世代へのメッセージなのですね(/_;)

>ぱれおさん

 磐西って客車天国だったそうですが、私が最初に行ったときは大削減のダイヤ改正2週間前でした
 末期の223列車-236列車は何度も乗ったり撮ったりしましたが、本当に良い路線でしたね。
 あれから何度も通ってますが、SLだけは通算でも10回撮ってないと思うなぁ(笑)

>鉄たまさん

 「バカヤロー!入るぞー!」

 って罵声を浴びせられて、車から金属バット持ちだし「喧嘩売ったの誰だ誰だごるぁ!」と追いかけた事がある風来坊ですが何か?(笑)
 あの頃は若かった・・・・・ スイマセン、今は反省しています orz

 きっと、そういう風にしかコミニュケーション出来ないように育ったんでしょうね、その手の脳みそヨーグルトな連中って。
 何を言うにもけんか腰でしか話が出来ないってかわいそうですよ、ホントに(笑)

>タケシローさん

 SLチェイサーと呼ばれる無法集団の狼藉の数々はつとに有名ですが、何でも海の向こうアメリカじゃSLチェイサー同士の喧嘩でショットガンが出てくるとかマシンガンで撃ち合うとか、撮影先じゃ拳銃で自衛するのが普通だそうですね
 車の後ろには「汽車を見たら急ブレーキを踏むぞ、追突したら訴えるぞ!」とかステッカーを貼ってあるんだとか

 趣味って物はもっと優雅に楽しみたい物ですよねぇ・・・・・

投稿者 ふうらいぼ : 2006年12月18日 15:35

私も参加させてください。
数年前の春、初めて深川~増毛を走る「SLすずらん」の撮影に行きました。
その時の状況は風来坊氏の言うとおりでして、
喧騒というかその毒気にあてられてしまい田舎物の私はすっかり嫌気がさし、以降この手のイベントには足が向きません。
しかし今年の秋に富良野臨貨の撮影に富良野に向かい
折り返し便を待つ間に「SLふらの」が走るというので、手近な場所で待っていたら、SL通過時刻には突如として追っかけ大軍団が現れ、それはそれは大変な騒ぎでした。
まあ、その場所がお立ち台であることが知らなかった
私たちがうかつといえばうかつ、単なる無知でしかありませんがね・・・。

投稿者 タケシロー : 2006年12月17日 09:11

おばんです。
自分が初めて磐西に行った時はピカピカの50系が走り始めたばかりで、旧客と両方楽しめました。
日出谷の駅で「鳥めし」食べていたら、駅員さんがお茶を入れてくれたのがとても印象に残ってます。
自分だけでなく、待合室にいた5~6人全てに。
あれから25年近い歳月が流れた今でも景色は変わらないものですね。写真見ると日出谷のお立ち台の田んぼの区画が変わっているくらいです。

イベントものは自分もあまり好きではないです。
肝を冷やすカーチェイスやらどこの誰ともわからん輩に「そこ入るよ!バカ!」なんて言われるのもウンザリなので・・・。
昨年のC57+旧客もそれがイヤで行かなかったのですが、今回の53だけは思い入れのある機関車でもあり、ガマンして行きました。
案の定、ウンザリする事も多かったですが、行けば行ったで楽しかったのも事実かな?
移動中はイライラしますが、只見線蒸機の時もそうであった様に、普段足運んでいない人たちは「お立ち台」でしか撮らない(撮れない?)ので、自分の撮影場所はマターリしてました。
ネタ列車が走行する時は撮り方も考えないといけないすね。

11月の只見の「ぐるり」。三橋焼却場で撮ったのですが、撮影後にみんなで雄たけびあげていた団体さんにはげんなりしました・・・・。

やっぱ人がいないとこがいいかなぁ???

投稿者 鉄たま : 2006年12月15日 20:24

50系万歳は私も同じです。
旧客よりは50系の方がなじみがあります。
でも牽引機はDD51やED75がいいですね。

磐西の50系は実はあまり撮れていません、本数走っていた頃は1回しか行ってませんし1往復になってからは、本数の多い、奥羽や東北に行っていました。
 歩き撮影だったので1日1回(上りは夜になる季節が多かったですね)しか撮れないというのはやはり辛かったですからね。
 鹿瀬のこの橋梁もあこがれてはいましたが50系で訪れることは出来ませんでした。

投稿者 ぱれお : 2006年12月15日 08:08

 おっしゃる通り!
 定期列車を真面目に撮ることが後悔しないことに繋がる,ということが分かってからでは,時既に遅しですが...。
 都会や近郊では,年々歳々花も同じからず,ですよ。宅地化が押し寄せて消えた撮影地は一杯あります。(/_;)

投稿者 佐倉 : 2006年12月14日 22:54

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