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2006年06月02日

新カテゴリー:昔語り第1話:金田の専用線

 さらにもう一つの新カテゴリーです、題して昔語り、このカテゴリーは主に失われた光景について触れたいと思います。
 一口に失われたと言っても色々あります、車両が置き換えられたとか新線に切り替わったとかですね、しかし、この昔語りは根本的に路線が失われたケースに付いてのみ取り上げる事にします。
 つまり、たとえば小海線のキハ52時代などを今後取り上げる予定ですが、それらは小海線の括りで貼っていきます、つまり小海線の歴史と捉えるので失われた光景ではないと考えるからです、勿論車両は失われてますが、路線自体の魅力は聊かも衰えておらず、私のBlogでは車両は鉄道風景の中では脇役では無いけど主役でもないと考えていると思って差し支えないと思います、勿論、我がライフワークと捉えるDD51だけは別ですけどね(笑)

H18-06-02-01.jpg で、ずいぶん前置きが長くなりましたが、記念すべき昔語りの第1話は平成筑豊鉄道の金田から分かれて山を目指していた三井のセメント鉄道です。
 ご覧の通り、誰が見ても立派なDE10の形をしている入れ替え動車DE10型(笑)を持っていました。
 セメント車を延々と繋いで山からゴロゴロと降ろして来たのですけど、遠賀川に注ぐ支流を越える橋の所には10パーミルの坂があって、これがまた良く滑る訳ですよ。
 砂を撒き撒きギャギャギャギャと賑やかな音を立ててエンジン全開で登ってきました(笑)
 すぐ横を通り過ぎていく時に運転士さんと目が合ったんですけど…

   『 物 好 き だ ね ぇ … 』

 みたいな目で見られたら恥ずかしいですよね、普通は(汗)
 スノープロウの無い足元スカスカに見える機関車の活躍を始めてみたような気がした瞬間でした

H18-06-02-02.jpg そして今度は空のタンク車を受け取って山へ帰るシーンです。
 その筋には有名なアングルだったんですが、廃止直前になってRMに記事が掲載され、その後ここでは撮影が難しくなったと聞きました。
 詳細は不明ですが軌道の周囲はびっしりと私有地でして、ゴミやら大声で喚くやら…のよくある話で苦情がずいぶんあったんだとか。

 筑豊と言うエリアは不思議なところでして、とにかく何でも組織組織組織…と労働組合の強かった『やま』の文化が色濃く残っている雰囲気で(笑)、古い電柱には古いビラが貼ってあり、いまどき珍しい”団結せよ”とか…書いてあるものは無かったですけど、声高に権利を主張していたビラは幾つか目にしました。
 金田駅前の寂れた商店街を見るに付け、北海道と同じく黒ダイヤに沸いた次代の栄華、その残滓がチラホラと見え隠れしていましたね・・・・・

 これを撮って以来、九州には全く足を踏み入れていません。
 今度は南九州を撮りに行きたいなぁ…と思っているのですがねぇ
 濃ゆ~い場所を幾つか知っているので行って置きたい所なんですが…

投稿者 風来坊 : 2006年06月02日 22:37

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コメント

鉄たまさん まいど♪

 現場の人は基本的に鉄じゃないケースの方が多いですからねぇ~(笑)
 初期の頃の只見線じゃないですが、こんな所まで良く来たねぇと絶妙に呆れられたり…

 乗っていくかい?は無いですが、どこで撮ってる?って聞かれたことは何回か有ります、ライト点けてくれたりわざと速度落としてくれたりしてますね

 そういうフレンドリーさがこういう路線の魅力なんですよね…

投稿者 風来坊 [TypeKey Profile Page] : 2006年06月03日 20:17

>『 物 好 き だ ね ぇ … 』

向こうはバカにして呆れかえっているのに、なぜかホメられている気になってしまうんすよね・・。
でも現場の方々からのこの一言が聞きたくて行ってしまう気も。

昔はこの言葉の後に「運転台乗って行くかい?」なんて言葉も期待していたものですが、今では専用線でもキビしいんでしょうな。

投稿者 鉄たま : 2006年06月03日 18:39

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