2006年04月19日
Reconquista レコンキスタ
さぁ…
顔を上げよう
輝ける太陽は失われた
嘆きの24時間が始まった
もう
手遅れだ
Reconquista
すべてはここから始まるのだ
敗北ではない
再生なのだ
Reconquista
何も怖くは無い
恐れなくていい
ただ感じ賜え
Reconquista
すべてを忘れよう
輝ける未来の為に
今この瞬間をささげよう
Reconquista
熱狂的再征服
これから失われる者の為に
これから手に入れる全てを
恋焦がれていた全てを
全部捧げよう
Reconquista
光り輝く未来の為に
初心に帰る日なのだ
この24時間
うしなわれる物へ
心からの
レクイエムを
そして
無限の感謝を…
投稿者 風来坊 : 2006年04月19日 23:22
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コメント
ちょっと亀レスですね(汗)
銀河線を撮っていて最初は楽しかったのですが、なんか最後の方は変な義務感みたいな感じで撮ってました、ただの自己満足と知りつつ、俺が撮らねば誰が撮る!みたいな…みたいな…
自らの矜持として、葬式鉄にだけは成りたくないと思っています、最終日20日の北海道新聞をして葬式鉄の事を「土壇場になってワラワラやってくる迷惑な集団」とはっきり書かれてましたしね。
残り一年になって何が撮れるんだ?って思うんですよ、最低でも3年は掛かると最近思います、実は19日に銀河線沿線で地形図持ってロケハンしてる3人組を目撃しました、何で今更になってロケハンしてるんだろう?って無性におかしかったです、しかし、それが昨今の鉄道趣味人の現状なのかも知れません。
イベント型の撮影に慣れきった人にとっては銀河線の廃止などどうでも良いことで、実はサヨナラ臨を撮ることだけが重要なんでしょうね…、実に嫌な話です。
普段から通っていれば最後の一年はラストスパートでしょうね、記憶と記録に残る名作が生まれることを願っています。
手をこまねいて見ているだけ、それが虚しかったり悔しかったりする人は、私財を投じて鉄道を救えばいい、ただ、それが出来ないのであれば、次の世代のために記録を残せばいい。
何時だったか目にした特定地方線大粛正時代の雑誌記事でした、いまはそれを凄く実感しています。
いつの日か、北海道の過疎地域から人煙絶える日が来たら、その時は『昔ここには人が住んでいて鉄道が走っていて…』と昔語りの依り代になることを願って・・・・・
最終日
栗原も鹿島も残り1年。
特に栗原が消えゆく時、自分はどんな想いで見送るのだろうか?
まだ小さかった息子と訪ねたくりでん。
沢辺の駅長さんが帽子を息子に貸してくれて記念写真を撮ったっけ。
あと1年。。。 本気で行かなくてはならない時が来てしまいました。
黄昏時。
次々と消えゆくローカル線をただ手をこまねいて見送るだけ。
鉄にさえならなければこんな思いはしないで済んだのに。
投稿者 水無月
: 2006年04月20日 09:49