2006年04月22日
旅の終わり

銀河線が廃止になった翌日、空港へと向かう道すがらで同じような光景を何度も見た
地元の人が軌道跡を歩いていた、まだレールも枕木も残っている場所をだ
何を思っていたのだろう
ただ単純に空しいだの悔しいだのといったものではないと思う
そこにあるのは旅の終わりなんじゃないかと思った
そう思うに至って私も銀河線の旅を終わりにしようと思います
『第3セクターを旅する』そう銘打ったカテゴリのサブカテとしてふるさと銀河線を作りました
しかし、その最終エントリは昨日付けをもって終わりにします
長い長い旅路を歩んできた池北線がその使命を終えてたように
サブカテゴリとしてのふるさと銀河線も終わりにします
足掛け4年にわたった撮影行は、1枚でも撮った日を一日として勘定すると
実にのべ撮影日数38日に及びました
その間に得た成果をギャラリーで公開していくことにします
準備が終わるまで少しだけお待ちください
ただ今は
旅の終わりを実感して気持ちを整理している段階ですから・・・・・
1ヶ月強分のともしびを世界にばら撒きたいと思います
投稿者 風来坊 : 2006年04月22日 23:09
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コメント
まいどっす♪
最後は笑って終わりたかったのですが、やはりシンミリモードでした…
どんなに頑張っても個人で津波を押し返せる筈も無く、どうしようもない世の中の流れに乗って漂うしかないのかもしれませんが、それならば私は怒ったり嘆いたりする前に漂う事無く泳ぐことを選ぼうと思います
私も最近になってやっと『死』の意味を考えられる年になってきました、ここ数年で親族やら親戚やらと一緒に恩師や友人をバタバタ亡くしまして、その想いとでも言うのですかね、無念さとか思い残した事への未練のようなものを感じています
ならば今何をするべきか、それこそわだつみの声ではありませんが、今を大切に生きるって事の理念を少しだけ理解し始める手がかりを得た気がします
自分を大事に今を生きるのではなく、次の世代へ、次の次の世代へ、その次の歴史へ今を大事にしてあげること、それこそ記憶と記録なんだろうな…と、今はそんな風に理解しています
実は私も強烈に血圧が高いかもしれない恐怖と闘っていますが(笑)、いつ死んでもいいように、積極的に何かをしないとなぁ…とか思ってるんですけどねぇ…
最期のお見送りご苦労様でした。
最近、自分自身が「あと何年鉄ができるのだろうか?」と真剣に考える様になってきました。
むろん鉄道で移動してタクシーとかを使ってというのであれば死ぬまでですが、徹夜で運転し何時間も場所取りして追っかけて・・・。
体力的にそんなに長くはない将来だと思ってます・・・。
こうやって使命を終えて消えていく路線や車輌を見ても昔ほどの感慨も薄くなってきた気がします。
これが「老い」というものなんすかね?
だんだん死というものに対しても若い頃の様な恐怖感が薄れつつあります。
恩師の死に続いてちほく線の廃止。「どんな形でも生きてこそ」という事を自らの死をもって教えてくれました。
ちほく線も使命をまっとうしたのだと自分は思ってます。
願わくば自分もこの先「悔い」は残さない様にせねば!!
てな訳で成人病が薬の力とはいえ、全てクリアになりました。
ふうらいぼさんもお体に気をつけて下さいね。
投稿者 鉄たま
: 2006年04月24日 21:13