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2006年04月17日

秒読み態勢

H18-04-17-01.jpg 前から…
 そう
 ずいぶん前から
 わかっていた事なのだ
 いまさら
 どうにもならない事など
 嫌と言うほど分かっている

 あと3日
 たったの72時間後
 銀河線は…
 すべての列車の運行を終える

 これは敗北なのか
 これは失敗なのか
 これは一体…
 なんだと言うのだ

 鉄道とは手段だ
 当たり前のことだ
 沿線は過疎が進む
 もう
 人が入ってこない
 だから
 入植の為の鉄道は
 使命を果たしたのだ

 どれほど恋し焦がれてもこの鉄道の命脈は尽きるのだ、個人の思想や感情やちっぽけな努力ではどうにもならないことを我々は歴史の中から学び取っている、況やそれは個人の経験の中にも果てしなく蓄積された失敗の経験や後悔の念や惜別の感情や死別の記憶らが何層にも折り重なって腐臭をばら撒く記憶の中にもそれは存在する、深い海のそこから輝く水面を見上げるように遥かかなたで輝く積み重ねられた絶望と言う名の諦めをも感情としてそれが当然であるかのように受け入れられるように、ただ黙って導いてくれているに過ぎないはずだ、なぜならそれは粛々と流れていく時間そのものであり、絶えず変化し続ける姿形と言う名の器に収まる水のように滑らかで柔軟で、そして従順な現世・うつつよでしかないからだ、形有るものがいつか壊れるように、命あるものがいつか死に果てるように、常に変化し続けながら存在しているものだからだ、それを受け入れられないならばそれは打ち寄せる浜辺の波に止まれと言っているようなものであり、滔滔と流れる川の流れに戻れと言うようなものではないだろうか・・・・・・
 時が戻るなら…、誰しも一度は思う事なのかも知れない、その中で利己的な振る舞いなどせずこの鉄道のために貢献できることが出来るとしたら、あなたはそれでも過去に戻りたいだろうか?、私は到底そうは思わない、なぜなら過去に戻ったとしても、必ずそこには後悔が生まれると分かりきっているからだ、この鉄道の延命が成功したにしろ失敗したにしろ、そこには必ず何らかの後悔があるはずだ、なぜなら後悔こそ記憶の本質だからだ、どれほど辛く苦しい事であっても後には楽しい事として思い出されるだろう、なぜならそこには辛く苦しい記憶と共に後悔が記憶されるからだ、後悔は永遠に後悔であり手痛い失敗からこそ何かを学ぶだろうからだ、辛く苦しいことはその途中経過の記憶の断面でしかなく、記憶の本質は常に後悔と隣り合っているはずだ、もし過去に戻れるなら…

 私は何をするべきだろうか

投稿者 風来坊 : 2006年04月17日 23:02

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